かつて運航されていた超音速旅客機「コンコルド」は、「ソニックブーム」などさまざまな問題を抱え、姿を消しました。しかしいま、再び「超音速旅客機」の“芽”が育ちつつあります。

そう遠くない将来、新世代の「超音速旅客機」が登場するかもしれません。

エンジンの騒音どころではない「ソニックブーム」

 超音速飛行する航空機から生じる「ソニックブーム(衝撃波)」――この強烈なエネルギーは、ときに地上のガラスさえも割ってしまうほどの破壊力を有し、およそ50km先まで轟音を響き渡らせることすらあります。

 ソニックブームは、これまで航空機の超音速飛行時における最大の障害であり続けてきました。しかし、その問題も過去のものになるかもしれません。

 2016年2月29日、アメリカのロッキード・マーチン社とNASA(連邦航空宇宙局)は、ソニックブームの発生を軽減する静粛超音速旅客機「QueSST」を実現するため、共同で「Xプレーン(研究機)」の開発を行うと発表しました。


ロッキード・マーチン社とNASAが開発する静粛超音速機「QueSST」の予想図。

開発費は2000万ドルを計上している(画像出典:ロッキード・マーチン)。

「QueSST」は、一般的なジェット旅客機における飛行速度の2倍弱に匹敵するマッハ1.4(1770km/h)、すなわち音速の1.4倍で飛行する性能が与えられ、2020年代に飛行試験を実施することが予定されています。

 超音速飛行におけるソニックブームの発生はいわば“宿命”であり、残念ながらこれを全くゼロにすることはできません。しかしながら、地上からはほとんど知覚できないほど弱めることによって、「QueSST」は「静粛超音速」の名のとおり、静かに超音速飛行する技術の実証を目指します。

 しかし「QueSST」は、どのようにソニックブームを低減するというのでしょうか。

「なくす」のではなく、ソニックブームを「コントロール」する

 ソニックブームは、超音速飛行する航空機のどこか1か所から生じるのではなく、機体表面の様々な場所において、強さも指向性も異なったものが複数発生。

この複数のソニックブームが重なりあい倍加していくことによって、強烈な爆発音が生じるのです。「静粛超音速」はこのソニックブームの発生をコントロールし、重なり合わないよう散乱させることによって達成されます。


飛行速度は音速以下ながら、機体の一部のみ音速に達し、複数のソニックブームが発生している様子。本来は不可視だが、光を屈折させて間接的に見えている(関 賢太郎撮影)。

 ソニックブームをコントロールするためには、従来の旅客機のような“チューブ型の胴体と翼”ではなく、非常に長い機首と胴体および“デルタ型”の翼を円滑に接続し、機体表面の圧力と揚力の分布を極めて慎重に調整することが重要になります。

 従来型の超音速旅客機は高度2万メートルを飛行中でも、ソニックブームの発生により地下鉄の車内に匹敵する90デシベルの騒音が地上に到達しました。

「QueSST」では、これを通常の会話と同等の60デシベルにまで抑えることができると見込みます。

 かつて唯一無二の現役超音速旅客機であった「コンコルド」は、ソニックブームの問題からアメリカ本土上空における超音速飛行が禁止されていました。2003(平成15)年に同機がリタイアしてのち、営業運航される超音速旅客機は1機も存在しなくなってしまいましたが、「QueSST」は陸上における超音速商業飛行を解禁させ、将来の静粛超音速旅客機実用化へ道を開くものとして、その成果が期待されています。

マッハ5以上ですら、もはや夢ではない?

 近年は「QueSST」だけではなく、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)においても静粛超音速の研究が行われており、またF-15戦闘機に「クワイエットスパイク」と呼ばれる低ソニックブーム実験装置が搭載され試験が行われるなど、静粛超音速自体は既存技術になりつつあります。


NASA(アメリカ航空宇宙局)のF-15「クワイエットスパイク」。ソニックブームを抑制する「静粛超音速」の試験機(写真出典:NASA)。

 また「コンコルド」が搭載したロールス・ロイス「オリンパス」アフターバーナー付きターボジェットエンジンより、低速時、高速時とも燃費的に効率よく推力を発生させる「可変バイパス比ターボファン」「ターボラムジェット」といったエンジンも、技術的にはすでに完成の域にあり、さらにマッハ5以上の「ハイパーソニック(極超音速飛行)」や、宇宙往還機の実現を目指し水素を燃料とする「スクラムジェット」も、実用化は時間の問題です。

 第二、第三の「コンコルド」を目指すための技術開発はいま、着々と進歩しています。