封鎖海峡を突破! 原油30万トンを運ぶ巨大タンカー「出光丸」とは?

 2026年5月25日、名古屋港に大型タンカー「出光丸」が入港しました。この船は、緊迫する中東情勢のなか、事実上の封鎖状態にあったホルムズ海峡を特例で通過し、日本に原油を届けました。

封鎖下のホルムズ海峡を突破・帰国した巨大タンカー「出光丸」!...の画像はこちら >>

 そもそも、ホルムズ海峡が封鎖されるきっかけとなったのが、3か月ほど前の2月28日に始まったアメリカとイスラエルによるイラン攻撃です。それに対抗する形で、イランは原油輸送の要所であるホルムズ海峡を封鎖しました。これにより中東からの石油輸出が滞るようになっており、日本を含めた世界各国で大きな影響が出ています。

 封鎖状態が続く4月28日、ペルシャ湾に留まっていた日本企業のタンカー1隻がホルムズ海峡を通過しました。それが、今回入港を果たした出光丸です。

 出光丸は、出光興産の子会社である出光タンカーが所有する船です。出光興産とIHIマリンユナイテッド(現在のJMU)が共同で建造し、2007年に竣工しました。サイズは全長333m、幅60m、喫水20.5mで、東京タワーを横にした長さとほぼ同じという巨大な船体を持っています。これは、日本への主要航路であるマラッカ海峡を通り抜けられる船としては最大級の、いわゆる「マラッカ・マックス」と呼ばれる船型になります。

 約30万トンもの石油を搭載した状態で、船速は16ノット強(約30km/h)を発揮。この30万トンという量は、日本全体の原油消費量の半日分以上となります。さらに、万が一の座礁や衝突による油流出事故を防止するため、燃料油タンクも二重構造(二重船殻)にするなど、環境保護と安全対策のための最新技術が盛り込まれています。

異例の許可の裏に「日章丸事件」あり? 70年の時を超えた絆と今後の情勢

 今回、出光丸が厳戒態勢下のホルムズ海峡通過を通過できたことに関しては、イランと日本、双方でさまざまな情報発信がされました。とくに注目を集めたのが、駐日イラン大使館が4月29日に公式Xに出した投稿です。

封鎖下のホルムズ海峡を突破・帰国した巨大タンカー「出光丸」! イラン大使館も称えた“70年前の歴史的事件”とは
出光興産傘下の出光タンカーが保有する原油タンカー「IDEMITSU MARU(出光丸)」(画像:出光興産)

 そこでは、1953年にイギリスが海上封鎖を行っている最中のイランへ出光が自社タンカーの「日章丸」を単独で派遣し、国際的な非難を浴びながらも海峡を突破して、石油輸出を行った歴史的事件「日章丸事件」の事例が紹介されました。

 当時のイラン国民を勇気づけたこの出来事が、70年以上の時を超えて今回の異例とも言える通過許可の背景にあるのではないかと、多くの憶測を呼んでいます。

 さらに同日、高市首相の公式Xでも出光丸の海峡通過を確認した旨が投稿されました。邦人保護の観点を含めて、日本関係船舶の通過を前向きな動きとして受け止めていること、そして日本関係船舶を含め全ての国の船舶が、ホルムズ海峡を自由で安全に通過できるよう、引き続きイラン側に働きかけることなどを伝えています。

 今回、出光丸に通過許可が出た件について、出光興産は詳細な説明を控えています。以前、同じく出光興産が所有するタンカーが、UAE(アラブ首長国連邦)のパイプラインなどを利用したホルムズ海峡の代替ルートで原油を日本に輸送した際、筆者(鈴木伊玖馬:乗りもの好きライター)が同社に質問をしたところ、「安全上の理由から、船舶の動線に関することは回答を控えさせていただきたい」との回答がありました。おそらく今回の出光丸に関しても、同じように厳戒な情報管理の対応が取られているのでしょう。

 アメリカとイランでさらなる合意が行われているという報道もありますが、中東情勢はまだまだ予断を許さない、緊迫した状況が続いています。ホルムズ海峡で動けずにいる各国のタンカーと船員たちが、このたび無事に日本へと戻ってきた出光丸とその乗員たちのように、一日も早くそれぞれの故郷に無事に戻れることを祈ってやみません。

編集部おすすめ