自衛隊においても他国の軍隊と同様、食事は最も重要なもののひとつです。そうした意味で陸自の最重要装備ともいえるのが「野外炊具1号」でしょう。
阪神淡路大震災以降、自衛隊による災害派遣は急増しています。防衛庁・自衛隊創設以前の保安隊時代から、災害派遣は行ってきたのですが、90年代後半から特に出動回数が増えています。これは、「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱」(07大綱)の中で、「我が国の防衛」に加え、「大規模災害時の対応」が新たな任務として明記されたためです。
陸自の走るお釜「野外炊具1号」、写真は改良型。災害派遣時の活躍で一般にも広く知られるように。米飯だけなら一度に600人ぶんを炊き上げ可能という(菊池雅之撮影)。
2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災から、今年で7年が経とうとしています。あの時も多くの災害現場に自衛官の姿がありました。行方不明者の捜索、ご遺体の収容、避難所での生活支援に当たりました。
この生活支援で、自衛隊が果たした大きな役割が、食事の提供でした。電気やガスのない発災直後の被災地で、一度に数百人規模の温かい食事を調理することは、自治体や民間業者では不可能です。
自衛隊は、完全なる自己完結型の組織です。戦闘だけでなく、輸送や整備、そして食事やお風呂、洗濯にいたるまで、ほかの機関から支援を受けることなく、すべて自衛隊だけで行うことができます。
災害派遣のために調理に必要な装備や人材を確保しているわけではありません。もともとは、戦闘中の仲間たちに温かい食事を提供するのが目的です。

「野外炊具1号」はタイヤがついており、トラックなどにけん引され運ばれる、いわば移動式キッチン(菊池雅之撮影)。
野外料理を行うための装備が「野外炊具1号」です。タイヤが付いているので、必要とされる場所までトラックなどでけん引して運びます。一刻を争う事態ならば、調理しながら現場までけん引することもできます。実際のところ、火を使って走行するのは危険なので、平時では行いません。
調理に必要なのは長年のカン?食事を作るために、普通科(歩兵)や機甲科(戦車)、特科(大砲)などの戦う部隊であっても必ず、「野外炊具1号」が配備されています。日本中どこの部隊へ行っても見ることができます。

野外炊具1号に搭載された、野菜を裁断する大型カッター。玉のキャベツも見る見るうちに千切りへ(菊池雅之撮影)。
特徴を簡単に説明しますと、タイヤの上に6つのお釜と、野菜を裁断する大型カッター、皮むき器が装備された移動式キッチンです。
6つのお釜では、炊く、揚げる、蒸す、といった調理が可能です。これ1台あれば、ごはん、汁もの、おかずの1セット約200人ぶんが作れます。災害派遣などで、「とにかく急いでおにぎりだけでも配らなければ」ということならば、6つの釜すべてでご飯を炊くことで、最大600名ぶんはまかなえるともいわれています。
ただし、難点なのが、取り扱いが恐ろしく難しいことです。まず、種火を投入し、ガソリンと灯油、空気の量を調整しながら、火力を調整します。火の色を見ながら温度を予測し、ダイヤルをひねっていきます。これがまず初心者には扱えません。
ごはんが炊けるまでの時間は、火力だけでなく、その日の気温や天候にも左右されてしまうので、日によって変わります。そこで、筆者(菊池雅之:軍事フォトジャーナリスト)が、「目安はどうしているのですか?」と聞くと、「ふたを開けることができないので、匂いと長年のカンで判断します」と、21世紀の調理とは思えない回答を頂きました。

野外炊具1号の火の扱いは、初心者にはまず無理という。

燃料などの火力調節ダイヤル。目盛りはない。

「22式改」の自動着火、火力制御装置。タイマーもついている。
さすがにこれではいけないと、2000(平成12)年度に「野外炊具1号改」が誕生しました。大きな変更点が、自動点火装置とした点です。我々が家庭で使うコンロのように、レバーをひねると、プラグが発火して火をつけてくれます。火力調整も1個のレバーを操作するだけです。
調理に水が必要となると、近くに桶を用意し、そこに水をためておき、その都度汲みに行っていました。それが「改」からは、蛇口が配置され、そこからホースを伸ばして、直接お釜に水を注ぐことができるようになりました。
2010(平成22)年に入ると、自動点火装置に加え、コンロを制御するタイマーなどを有した「野外炊具1号(22式改)」という新型が登場、大量調理がますます簡単になりました。
なお、航空自衛隊では、「トレーラー1t炊事車」という装備を保有しています。これは、「野外炊具1号」と同じものです。
陸自の炊き出しが美味しいワケ陸自には、調理を学ぶための専門コースがあります。それが需品学校(松戸駐屯地)で行われているFEG課程(Food Enlistedmen General course)です。

陸自の調理を学ぶ「FEG課程」。包丁の握り方に始まり、野戦を戦いながらの調理を学ぶ(菊池雅之撮影)。
教育期間は約3か月。各部隊から男女問わず多くの陸曹が集められます。調理経験ゼロの隊員も多いため、最初は包丁の握り方など初歩的なことから学んでいきます。学校内にある調理実習室で、和洋中問わない調理方法を学びます。栄養学の座学もあります。
教育の最終段階として、習志野演習場に展開し、3夜4日の野外訓練を行います。途中で敵戦闘機や大砲による攻撃を受けながら(もちろん想定)も、「野外炊具1号」を用いて、4日間ひたすら食事を作り続けるというのが訓練内容です。
しかし、給養員と呼ばれる調理専門の隊員を養成しているのは海自と空自だけです。陸自のFEG課程では、自分の職種に次ぐ、ふたつ目の特技として調理を学びます。これを部内では付加特技と呼びます。よって陸自には、調理を専門に行う隊員は存在しません。
なぜならば、陸自は全隊員が調理できるのが理想だと考えているからです。かつては若手の陸士を駐屯地の食堂に臨時勤務として配置し、調理を学ばせていた時代もあったほどです。戦闘に関わっていない手の空いた隊員が調理する方が、わざわざ専門の給養員を配置するよりも効率的です。
そこで、FEG課程を修了した陸曹は、各部隊へと戻ると、「炊事班長」として若手に調理を教える立場となります。加えて、各部隊では年に一度のペースで、「野外炊具1号」を使っての中隊対抗炊事競技会を開催しています。最終的に競わせることで、個人のスキルを磨き、調理技術の底上げを目指しているのです。
戦闘中だからといって、毎日缶詰ばかりでは、部隊の士気は下がってしまいます。それは、災害派遣においても同様です。いつ終わるとも知れない避難所での暮らし。命からがら逃げてきた被災者の心は落ち込みがちです。そんな時だからこそ、温かい食事を食べてもらい、お腹も心も満たすことが大事です。
「野外炊具1号」は、食事だけでなく、優しさも提供できる装備と言えるでしょう。
【写真】「野外炊具1号」現行最新型は「22式改」

2012年に導入された「野外炊具1号(22式改)」(写真手前)。真ん中が「野外炊具1号」。一番奥が「野外炊具1号改」。見た目に大きな違いはない(菊池雅之撮影)。