300系新幹線の登場後すぐに造られた試験車両300X。なぜ新型車両が出た直後に試験車両が造られたのでしょうか。

航空機と競ううえで、あらゆる試験要素を詰め込んで走った300Xは、リニアを除く最高速度443.0km/hを記録しています。

300系新幹線の課題

「300X」こと955形新幹線電車が登場したのは1995(平成7)年のことでした。実はその3年前の1992(平成4)年、300系新幹線電車が営業運転の「のぞみ」として東京~新大阪間を2時間半で結ぶというインパクトとともに、華々しいデビューを飾っています。

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443.0km/hの速度記録を持つ955形新幹線電車「300X」。1号車の車体はカスプ型(2011年10月、恵 知仁撮影)。

 300系は東海道新幹線で270km/hの運転が可能でしたが、10‰(1000m進むと10m上る計算)の勾配では257km/hまでしか速度が上がらず、力不足でした。

また東海道新幹線に点在する半径2500mのカーブでは、250km/hまで速度を落とす必要がありました。300系の性能では今後、航空機が台頭してきたら競争に打ち勝てないという懸念があったのです。

 そこでJR東海は「さらなるスピードとサービスが必要で、そのためには間断なき技術開発が必要不可欠である」として1990(平成2)年から計画を練り始め、5年の歳月を経て955形、通称「300X」をデビューさせました。300Xは営業運転に使用することは一切想定されず、あらゆる試験用に設計された新幹線でした。

詰め込まれた未知の技術

 300Xの先頭の形状は前後で異なり、博多側の1号車は口を尖らせたようなカスプ型、東京側の6号車は300系よりも丸みを帯びたラウンドウェッジ型。それぞれのノーズに当たる空気の流れを観察し、より最適な先頭形状を構築することを狙ったものです。

車体にまとわりつく空気は、列車の抵抗になったり渦を巻いて車体を揺らしたりします。これを抑えることができれば乗り心地の向上はもちろん、より少ないエネルギーで高速運転が可能になります。

443km/hで走った最速の新幹線955形「300X」現代に受け継がれる7年の生涯で残したもの

東海道・山陽新幹線を走る300系新幹線電車(2011年10月、恵 知仁撮影)。

 外見からはわかりにくいですが、車体の構造も1両ずつ異なっています。新幹線の車両は、限界まで軽くしつつ経済的であることが求められます。300Xは、1枚のアルミ板に骨組みを貼ったシングルスキン構造、2枚の板を段ボールのように接合したダブルスキン構造、航空機などで使われるハニカム構造、さらにジュラルミンをリベットで接合した構造などが試みられ、騒音・振動・重量・製造コストなど多方面にわたって比較されました。

 走行システムも直進安定性能を高めるため、車軸間の距離をこれまでより500mm長くし、一方でカーブをより高速で走行するための車体傾斜装置なども装備されました。

 このように未知の技術を300Xに詰め込み、走り込んでデータを蓄積する。これが300Xに課された使命でした。

「失敗」を蓄積すること

 住宅密集地を貫く日本の新幹線は、高速運転と同時に沿線環境への配慮が強く求められます。一般的に速度が上がればそれに比例して騒音も大きくなりますが、300Xでは騒音源となるパンタグラフの風切り音を抑えるため、極めて大型のパンタカバ-が装備されました。なおパンタグラフ自体も、従来の交差パンタよりも小型で軽量なシングルアームパンタを試用。

小型になれば風を受ける表面積が小さくなるので、その分騒音も小さくなるという理屈です。

 もっとも、大型のパンタカバ-は大きなカバーそのものが騒音源になることが判明するといった失敗もありました。しかし試験車両であれば、こういった「失敗」を積極的に行ってデータを蓄積するのも重要な仕事です。

 300Xはこういった数々の試験的要素を組み込んで試運転を繰り返しました。そして1996(平成8)年7月26日未明、米原~京都間で超電導リニアをのぞく鉄道車両の日本国内最速となる443.0㎞/hを記録しました。

貴重なデータを残し7年で引退

 もちろんこの速度記録が出たからと言って、次のダイヤ改正から東海道新幹線が400km/h走行になるわけではありません。

300Xが達成した443km/hを出せるシステムをベースに、環境性能、空力性能、旅客サービスなどにリソースを割り振り、経済的で快適、高速走行可能な技術が研究されました。443km/hというポテンシャルを持ちながら、たとえば少しずつ速度を落とし、その分で騒音を抑えるなど、快適性や環境性能を向上できます。

443km/hで走った最速の新幹線955形「300X」現代に受け継がれる7年の生涯で残したもの

東海道・山陽新幹線を走るN700系新幹線電車。車体傾斜装置は「300X」の構造を受け継いでいる(2011年11月、恵 知仁撮影)。

 300Xは予定された試験をこなし、2002(平成14)年に廃車となりました。7年間一人として有償旅客を乗せることはありませんでしたが、300Xが生み出した膨大なデータのなかから、たとえばダブルスキン構造、シングルアームパンタグラフなどは700系新幹線電車以降の車体に、車体傾斜装置はN700系新幹線電車に、それぞれ引き継がれました。

それ以外にも多くの要素が次世代新幹線の構造に活かされています。

 300Xがひらいた新技術は、現代の新幹線電車の礎となったのです。