UFOか、はたまたどこぞの国の観測気球か……2020年6月、日本中が注目した東北地方の空に浮かぶ謎の白い飛行物体、あれは結局のところ何だったのでしょうか。これまでの情報などからその正体について考察します。
2020年6月16日(火)から17日(水)にかけ、宮城県を中心とする東北地方に、ほぼ静止状態で長時間空中に漂う所属不明の白い大型気球状物体が現れました。天気が良かったこともあり多くの人がこれを目撃、SNSや報道などにおいて話題を呼びました。
2020年6月16日から17日にかけ、東北地方で目撃された気球状飛行物体(画像:仙台市天文台)。
この気球状飛行物体の所有者や飛行目的などの詳細は、約2週間経過した現時点でも何も明らかになっていません。しかし、巡航高度にある旅客機の機内から撮影された映像においても遥かに高い高度を飛行していたことが確認できるため、少なくとも成層圏(高度1万mから5万m)を飛行していたことが確実であり、このような高高度でありながら地上から肉眼で見えたことから、かなり大きなサイズであったと推測され、またソーラーパネルや稼働する2基のプロペラを有していたと見られています。
成層圏のような高高度において気球ないし無人機を飛行させる場合、航空法が適用され、事前に国交省へ飛行計画を提出しなくてはなりませんが、この日そうした申請はなく、またこれだけ話題になったにもかかわらず名乗り出る者がいまだにいないことを考えるに、恐らく外国から飛来したものである可能性が高いと推測できます。
もし外国の気球だったら…「領空侵犯」になる?プロペラ付き気球は十分な速度を出すことができないため、今回の気球状飛行物体もほぼ間違いなくジェット気流に乗って西側から飛来したと思われます。よって地理的な条件からロシア、北朝鮮、韓国、中国のいずれかの国を離陸した可能性が極めて大であると思われます。軍用気球である可能性も十分に考えられます。
仮に外国の気球であった場合、日本へ通告なく日本の上空を飛ばしてもよいのでしょうか。
結論からいうと「NO」です。今回の気球状飛行物体の飛行高度およびルートは日本の主権が及ぶ範囲、いわゆる「領空」に含まれるため、日本の法律が適用されます。
領空へ無許可で侵入したこの気球状飛行物体は、「領空侵犯」の疑いがあります。実際、2017年には中国の無人機による領空侵犯も発生しています。なお過去に数度あった北朝鮮弾道ミサイルの本土上空通過については、領空に含まれない宇宙空間を飛翔したため、領空侵犯にはあたりません。
防衛省はこの気球状飛行物体に対しどのような対処をしたのか、具体的な内容は一切公表していませんが、電波反射源となりうる大型のソーラーパネルを持つと見られる物体が、レーダーサイトによって探知できなかったとは考えにくく、恐らく航空自衛隊は領空に入るよりもかなり早い段階で存在を把握していたのではないかと思われます。
巡航ミサイルの元祖? 意外と古い「軍用気球」の歴史軍用気球の歴史は古く、1800年ごろのナポレオンの時代には観測用気球が存在していました。また記録に残る最古の実戦投入事例は、1849年にベネチアを包囲するオーストリア帝国軍が無人の熱気球に爆弾を搭載し爆撃を行った作戦であり、風任せではありましたが「自爆型ドローン」「巡航ミサイル」の元祖であるといえます。

アメリカ軍が開発した偵察用気球「ジェネトリクス」(画像:アメリカ空軍)。
気球は、飛行機の登場によって航空の主役の座は奪われたものの、それでもなお燃料を必要とせず長時間滞空可能であること、戦闘機の実用高度(高くとも2万mを超えない)をはるかに上回る高高度を飛べる特性を活かし、たとえば太平洋戦争中に日本軍がアメリカ本土爆撃を行った「風船爆弾」や、冷戦期にはソビエト領内で情報収集を行うアメリカ軍の「ジェネトリクス」などが実用化され、現在も通信衛星のような電波中継など様々な用途で使われています。
結局、現時点では6月に飛来した気球状飛行物体が何を目的としていたのか、それとも何かしらの単なる事故であったのか、軍用であったのか民間のものであったのかも分かりませんが、自衛隊の対応としては特別な脅威はないため、レーダーなどで監視するに留めたのではないかと思われます。
なお空対空ミサイルや地対空ミサイルによって物理的に撃墜すること自体は、恐らく可能だったはずです。