NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。6月9日に放送された第二十三回「雪の舞うころ」では、前回波乱を巻き起こした殺人事件の顛末(てんまつ)が明らかになると共に、主人公まひろ(吉高由里子)と宋の見習い医師・周明(松下洸平)の交流などが描かれた。

 殺人事件の真相は、宋の商人との取引を望んだ越前の商人が、便宜を図ってもらおうと通訳の三国若麻呂(安井順平)に賄賂を渡したところ、「額が少ない」と言われてもみ合いになり、そのはずみで転倒した若麻呂が頭を打って死亡した、という単純なものだった。そこに、この事件を利用して、朝廷を振り回そうとする宋人たちの長、朱仁聡(浩歌)の力を削ごうとした越前の役人・源光雅(玉置孝匡)の思惑が重なり、事態が複雑になっていたにすぎない。

 これを受け、国司の藤原為時(岸谷五朗)は、拘束されていた朱を解放、光雅の言い分も聞き入れた上で、朱にぬれぎぬを着せた罪を問い、謹慎を命じる。これまで、都では官職を得られず、その実力を発揮する機会のなかった為時の見事な仕事ぶりに、心の中で拍手を送った。それと同時に、この回しみじみと感じたのは、真面目な人間が真面目に生きることで進んでいく物語の心地よさだ。

 朱にぬれぎぬを着せた光雅の行動も、私腹を肥やすためではなく、国を思う役人としての気持ちから出たもの(と、本人の口から語られただけだが、本当だと信じたい)で、為時の処分もおとなしく受け入れるなど、いわゆる“型通りの悪人”ではなかった。

むしろ、死亡した若麻呂の方に裏の顔があったことも判明。(この点、光雅と若麻呂に対する第一印象の思い込みもあり、人を見た目で判断してはいけないと反省させられた。)

 また、作品全体を振り返ってみても、為時だけでなく、ここ最近の藤原道長(柄本佑)の内裏での実直な働きぶりなど、真面目な人間が物語を動かしていく傾向を強く感じる。その中で、娘が生まれたにも関わらず、互いに会うことがかなわず悲しむ一条天皇(塩野瑛久)や中宮・定子(高畑充希)も、自分たちを取り巻く現実のしがらみとのはざまで悩み、葛藤しているに過ぎない。

 典型的な悪人が登場したり、陰謀があったりするわけでもないのに毎回、物語から目が離せないのは、そういった等身大の登場人物たちの真面目な生きざまに、われわれが共感するからではないだろうか。ここ最近で内裏を追われた藤原伊周(三浦翔平)たちも、悪人とは言い切れない人間的魅力があった。

それを映像に焼き付ける脚本や演出の巧みさと役者陣の見事な演技には毎回、うなるばかりだ。

 また個人的にも、暗いニュースが多い日々の中で、真面目な人間が真面目に生きることで進む物語に、心洗われる思いを抱いたりもする。藤原道兼(玉置玲央)がまひろの母ちやは(国仲涼子)を刺殺した衝撃的な幕開けに、この先、どんなドロドロした物語が繰り広げられるのかと一抹の不安も覚えた第一回の頃を思い出すと、ずいぶん遠いところに来た気もする。

 だがそれは、父・為時の出世と共にまひろの暮らしぶりが上がってきたことが理由なのかもしれない。とはいえ、まひろも道長も、序盤で描かれた直秀(毎熊克哉)ら散楽一座の悲劇を忘れてはいないだろうし、彼らの日常の外側には、日々の暮らしに苦しむ庶民がまだまだ多くいるはずだ。そういう庶民たちの存在を忘れることなく、この先も真面目な人々が魅力的な物語を紡いでいってくれることを期待したい。

(井上健一)