【連載】チームを変えるコーチの言葉~平井正史(3)

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 エース格の山岡泰輔に加え、山本由伸、榊原翼と活きのいい若手が伸びつつあるオリックス先発陣。守護神・増井浩俊が中心のリリーフ陣でも近藤大亮、澤田圭佑ら若い投手の安定感が増している。

そんなオリックス投手陣でブルペンを担当する平井正史は、一軍コーチ就任当初、若干の戸惑いを感じていたという。二軍で2年間の指導経験もあったのに何故なのか……。本人に当時の心境を聞いた。

平井正史コーチが敗戦投手に愛のムチ。「ほかに投げたい選手はい...の画像はこちら >>

山本由伸や榊原翼など、成長著しい若手投手陣を陰で支えるオリックス平井正史コーチ

「自分としては『まだ早いな』と思ったんです。二軍で2年も経験させてもらっていた、じゃなくて、『2年しか』という感じでしたし、それもまだブルペンしか経験していない。本当に一軍のコーチとしてできるか、不安でした。
ファームは育成の場、”上”は結果を求められる場所で厳しい世界、ということは理解していましたから」

 不安を取り除くため、平井はチームの先輩コーチ以外に現役当時の指導者にも話を聞きにいった。中日時代の投手コーチでブルペン担当だった近藤真一である。

 近藤は高校出1年目の1987年、プロ初登板の巨人戦でノーヒットノーランを達成。華々しくデビューした左腕だったが、肩・肘の故障に悩まされて94年限りで引退。その後は中日で打撃投手兼スコアラーを務め、スカウトを経て2003年にコーチに就任する。ちょうどその年にオリックスから移籍した平井は、以来10年間、指導を受けていた。


「『こういうときにはどうしたらいいですか?』って近藤さんに聞いて、いろいろと教えてもらいました。それはそのまま、今の自分の財産になっています。でも、コーチとして何を教わったというよりも、現役時代、近藤さんが見守るブルペンで、自分が経験したことのほうが大きいんですよ。

 試合の流れ、自分のポテンシャル、それと相手との対戦成績だったり、相性だったり……そういうことをみんながわかっているブルペンでしたから。たとえば、電話がかかってきてピッチャー交代の時、電話が鳴っただけで、『次、お前じゃないの?』って言い合うような。試合の流れをみんながだいたいわかっていて、ブルペンの中でまとまりがありました」

 そして、平井はこう続けた。



「理想ですよね。コーチが何も言わなくても選手が勝手に動いてくれるというのは。そういう流れをつくってくれたのがブルペンコーチの近藤さんであり、ベンチコーチだった森繁和さんであり、この両コーチの信頼関係。それと結局、使い方が一貫していた、ということでしょう。全員が調子いいということは、まずありえないことだとは思いますが、当然、うちのブルペンも目指すべきところではあると思います」

 周りで見ている者は「出てくる投手全員が常に調子がいい」と思い込んでいる。とくにファンは信じ込んでいる。
だが、なかにいるブルペンコーチからすれば、その状態をつくること自体、簡単ではないのだ。まして、全員の調子がよくても、好結果で終わるとは限らない。増井クラスの守護神でも、シーズンを通してみれば失敗することもあるが、たとえば、抜擢された若手が打たれて負けた場合、コーチとしてどんな声をかけるのか。

「基本的には、『やられたらやり返せ』ということです。この世界はその気持ちがないと続けられませんから。負けたほうの数字としてはもう取り返せないので、だったら、次に勝ちをつけるしかないんですよね。
1敗したとしても、1勝すれば勝率5割に復帰するわけで。だからもう本当『次にやり返せ』しかないですよね、まずは」

 やり返すためにも、「やられた場面」の振り返りはどのように行なっているのだろうか。試合の負けも背負い込んだ場合、次に向けて気持ちの切り替えも大事になってくる。

「たしかに振り返りは必要ですし、言うべきところは言います。ただ、正直に言って、”たら・れば”になってしまうので、言い方に気をつけないといけない。そこで僕がよく言うのは、『自分のいちばんいい球を選択して打たれたんだったら納得がいく。
同じやられるなら、2番目、3番目に自信のある球でやられるんじゃなくて、いちばん自信のある球を投げてやられろ』と。『自信を持って投げてやられるんならいいよ。でも、半信半疑で投げてやられるのはやめてくれ』とも言いますね」

 勝負どころでは、自分でいちばん自信のある球と、捕手が要求する球が違う時もある。そこはチームとして投手任せにはしないそうで、捕手のサイン通りに自信を持って投げられたかどうかが問われる。平井自身、原則として、サインに首を振ってまで自分の投げたい球にこだわることはよしとしない。

「僕も現役時代、経験豊富な先輩キャッチャーに言われたんですが、サインに首を振って投げた球を打たれた時、『それはお前が首を振って投げて打たれたんだから、オレの責任じゃない、というわけじゃないけど、お前、自分で責任取れよ』と。『それぐらいの覚悟がないなら首振るな』って言われたんです。だから、首振った時にはもう、死んでも抑えよう、という気持ちでした。今の選手たちにも『首振って投げて抑える自信があるんだったら、腹を割って投げろ』とは言っています」

 一方で、いちばん自信がある球を投げても打たれ、試合も負けて、本当に落ち込んでしまう投手もいるだろう。そういう場合にはどんなコミュニケーションをとるのか。

「経験上、打ち込まれた結果が何度か続くと、次に投げにいくのが怖くなるんです。だから、そうならないようにというよりは、『お前はもう、これでシーズン終わるのか? このまま終わっていいのか?』って言います。あえて、自分からの奮起をうながすように。『ほかに投げたい選手はいるし、二軍にもたくさん選手はいるよ』と。そういうふうに言うこともありますね。投げられない奴よりは投げられる奴。投げられる奴よりは抑えられる奴、っていうふうに、どんどん上につながっていくだけであって。だから僕は今、『シーズン中は落ち込んでいる暇なんてないよ』って言いたいです」

つづく

(=敬称略)