落合秀市(しゅういち)の「秀市」という名前は父・秀貴(ひでたか)さんの「秀」の字に、「人が集まる場所」という意味合いから「市」がつけられたという。

 6月16日、立正大学熊谷キャンパスの野球部グラウンドで行なわれた和歌山東と鶴岡東の練習試合に、6球団18人のスカウトが集まっていた。

なかには4人体制で見に来た球団、GM自ら足を運ぶ球団まで。神宮球場で大学選手権の準決勝が繰り広げられているなか、高校野球の練習試合にこれだけのスカウトが押し寄せるということは、それだけ本気で確認しなければならない選手がいるということの証でもあった。

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プロ注目の本格派右腕、和歌山東の落合秀市

 その試合後、スカウト陣の「お目当て」だった高校生右腕は、苦笑してこう吐き捨てた。

「ホンマにダメです。こんなにボコられたの、高1とかそれくらい以来です」

 身長185センチ、体重90キロの大きな体。マウンドではいかにも気の強そうな顔に見えたが、目の前にくると不思議と愛嬌のある顔つきに見えてくる。

 この日、和歌山東の先発マウンドに立った落合秀市は初回に満塁ホームランを浴びるなど、7回を投げて被安打11、8失点と打ち込まれた。相手の鶴岡東は今春の山形チャンピオンであり、全国でも有数の強打線である。落合はスカウトのスピードガンで自己最速タイの147キロを計測したものの、ストレート・変化球とも抜け球が多く、集中打を浴びた。

 しかし、グラウンドを後にするスカウト陣の顔に落胆の色は見えなかった。あるベテランスカウトは、にこやかな表情でこう言った。

「力があるのは十分にわかったから」

 落合の名前がクローズアップされるようになったのは、ごく最近のことである。

なかにはスカウトのコメントとともに「高校BIG4に匹敵する素材」という新聞報道もあった。

 高校BIG4とは、佐々木朗希(大船渡)、奥川恭伸(星稜)、西純矢(創志学園)、及川雅貴(横浜)の4人である。スケール面で突出した佐々木を別格としても、残る3人もそれぞれに個性があり、ドラフト上位指名が確実視される逸材である。

 さすがに「BIG4に匹敵」は言いすぎではないか……と疑問を抱きながら、立正大グラウンドを訪れた。しかし、本人の投球を目の当たりにして、その疑問は霧散した。

 ステップ幅が狭く、やや上体が立ったフォームながら、コンパクトなテークバックから振り下ろす腕の振りは強さと柔らかさが共存している。

爆発力のあるリリースから放たれた剛球は、捕手のミットを豪快に叩く。その馬力はまだまだ底を見せていないように見えた。

 そしていきなり満塁弾を浴びても、悪びれる様子もなく平然とマウンドにたたずむふてぶてしさにも妙にひきつけられた。鶴岡東に打ち込まれたように粗さは目立つものの、ポテンシャルはBIG4に連なってもまったくおかしくない。

 なぜこれほどの逸材が、これまで騒がれることなく眠ってきたのか。それは和歌山東の南佳詞部長が「宇宙人みたいなものですわ」と苦笑する内面と無縁ではない。

 落合はあっけらかんとこう明かす。

「中学では干されとったんです」

 硬式クラブチームに所属した落合は試合出場機会も限られ、実績らしい実績がなかった。とはいえ、決して不当な扱いを受けたわけではないことは、本人がもっとも自覚している。

「ランニングをサボったり、全然練習をしないし、やる気がないのが態度に出とったんだと思います」

 中学時代の落合には、野球にすべてをかけるような情熱がなかった。内から湧いてくる「なんでこんなつらい思いをしてまで、練習せなアカンねん」という疑問に答えられるだけの魅力を感じていなかった。

 進学先に和歌山東を選んだのは「学力的に(和歌山)東しか行けなかったから」。

高校で野球を続けるかどうかも迷っていた。それでも部の説明会に行き、「遊んでてもしゃあないな」と入部を決める。そこで出会ったのが、米原寿秀監督だった。

 米原監督は「県和商」の愛称で親しまれる和歌山商の出身で、和歌山商監督を経て和歌山東に異動している。軟式野球部しかなかった和歌山東で根気強く指導し、秋の近畿大会に2度導くなど同校を県内上位校へと育て上げた。今秋のドラフト上位候補である津森宥紀(東北福祉大)は教え子である。

 しかし、そんな熱意のある監督のもとでも、高校最初の1年間は落合が野球にのめり込むことはなかった。2年春の県大会では、当時部員が22人しかいないにもかかわらず、定員20人のベンチ入りメンバーから漏れたこともある。

 ところが、2年の5月くらいから本人によると「知らん間に急に実力がついたんです」という急成長を見せた。もともとストレートの球速はあったが、コントロールがよくなり、変化球を思ったように扱えるようになった。自分の意思通りに打ち取る快感を覚えたことで、落合は「野球が一番面白い」と感じるようになっていった。

 とはいえ、今も自分以外のプレーヤーにはさほど興味がなく、知っているプロ野球選手も数えるほどしかいない。練習が休みの日は趣味のBMX(バイシクルモトクロス)やスケートボードに熱中しているという。

 落合に「最近、何か心を動かされる出来事があった?」と聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「『キングダム』の映画を見ました。僕は漫画のほうが好きなんですけど、あれはメッチャ面白いですね」

『キングダム』とは原泰久による漫画作品で、古代中国の戦国時代を描いている。とくに落合が惚れ込んだのが「王騎将軍」という登場人物だった。分厚い唇とやや中性的な言葉遣いが特徴的で、主人公・信に指針を与える重要なキャラクターである。

 落合は夏の大会で使用するグラブの平裏(手のひらと密着する部分)に「王騎将軍」と刺繍を入れた。さらに名前だけでは寂しいと感じ、インターネットで「王騎将軍 名言」で検索をかけた上で「ンフフ お見事です」というフレーズも加えて刺繍のオーダーをしたという。

 落合本人は「ほかに思いつかなかったし、こだわりはないので」と平然としているが、やはり独特の感性を持っているとしか言いようがない。

 その一方で、落合は自分に足りない部分も無意識のうちに自覚している。「和歌山東が甲子園に出るためには、何が足りないと思う?」という質問に、落合は「人間力ですかね」と答えた。

 抽象的な言葉に聞こえたので突っ込んで聞いてみたのだが、かえって落合を困らせてしまった。

「監督さんがよく言っているんですけど、難しいですよね……人間力。学校に落ちているゴミを拾うとか、スルーしても誰か別のヤツが拾うやんと思うこともあるし……」

 そんな本音をのぞかせた後、落合はこう続けた。

「でも、口ではうまく言えないけど、直感で『人間力が自分に足りてない』ということはわかるような気がします」

 その言葉は、嘘がつけない落合なりの誠意のように聞こえた。

 米原監督に「人間力」について尋ねると、こんな言葉が返ってきた。

「自分で考えて行動すること。それが人間力と自立につながっていくと私は考えています。指導者に言われて初めてやるのではなく、自分から進んで動けるか。それがこのチームのテーマなんです。指導者もガミガミ言うのではなく、ヒントを与えながら。そうやっていくうちに、この子たちもちょっとずつ自分で考えられるようになってきたと思います」

 ポテンシャルは申し分ない。だが、内面の完成度は「BIG4」とかけ離れていると言わざるを得ないだろう。精神的な幼さは、落合の評価を下げる危険もはらんでいる。

 しかし、それを「伸びしろ」ととらえる球団も必ずあるはずだ。米原監督は言う。

「3年間かけて、この子なりに成長してきました。考え方に幼さはありますが、それを隠すつもりはありませんし、スカウトの方にもお伝えしています。『本当に大丈夫ですか、あいつの面倒を見られますか?』と」

 スカウトの心証を少しでもよくしようと、ドラフト候補のプラス面しか明かさない指導者もいる。だが、プロに入ることはゴールではない。米原監督の言葉は本気で落合の将来を心配するがゆえの愛情と、「プロが手塩にかけて育てたら大化けするかもしれない」という期待がふんだんに含まれている。

 落合秀市という原石が弱肉強食の世界で輝けるかは、まだ誰にもわからない。ただ、確かに言えることは落合が家族や指導者からたっぷりと愛情を注がれてきたこと。そして心身ともに大人になったとき、膨大な数の野球ファンを球場に集めるだけのスター性を秘めていることだ。