大阪で「梅田に行く」と言えば、繁華街に遊びに行くような響きに聞こえるが、宮崎で「梅田に行く」と言えば、それは自動車教習所に通うことを意味する。

 宮崎県にある梅田学園は、宮崎市を中心に6校の自動車学校を運営している。

その梅田学園には硬式野球部がある。クラブチームではなく、れっきとした企業チームである。選手はみな、いわゆる「自動車教習所の教官」として働きながらプレーしている。

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シティライト岡山との初出場対決に敗れたが、梅田学園の名を全国に知らしめた

 今から4年前、梅田学園から信樂晃史(しがらき・あきふみ)というプロ注目の投手が出現した。信樂にインタビューするために梅田学園に向かうと、そこでさまざまな苦労を聞いた。

 他チームがキャンプを張って念入りに調整する2~3月は、高校生や大学生が運転免許を取ろうと自動車学校に押し寄せる繁忙期で、なかなか練習時間が取れないこと。

宮崎県はプロ野球のキャンプ地として知られ練習場所も豊富だが、皮肉にも春秋のキャンプの時期はプロに練習場所を取られてしまうこと。指導員としての資格を取得するため、猛勉強が必要なこと。

 それでも信樂は「運転を人に教えることで、自分自身教わることがたくさんあります」と前向きに語り、その秋のドラフト会議でロッテから6位指名を受けた。残念ながら2年で戦力外通告を受けて現役を引退したものの、信樂の存在は「宮崎梅田学園」の名前を球史に刻んだ。

 そんな梅田学園が今夏、社会人野球のひのき舞台である都市対抗野球大会に初出場を果たした。一塁側の応援スタンドには、4000人近い梅田学園の応援団が陣取った。

 梅田裕樹部長によると、「応援に来られた方のほとんどが宮崎県人会の方々で、ウチの職員は20人くらいだと思います」と言う。それもそのはず。7月中旬にもなると団体の予約が入るなど、本業が忙しくなるからだ。自動車学校にとって夏休みは、春先と並んで繁忙期なのである。

自動車教習所の教官が選手。梅田学園の奮闘に都市対抗の面白さを感じた

シティライト岡山戦で本塁打を放った梅田学園のベテラン選手・堤喜昭

「応援席がすごく埋まっていたのでビックリしました。『これだけ応援してくれる人がいたんだな……』と実感しました」

 そう語ったのは、入社13年目の堤喜昭である。

創部2年目に入社し、在籍年数はチームトップのベテラン内野手だ。本業では普通車、準中型車、中型車、普通自動二輪の指導員資格を持つ。来年1月には技能検定員の資格試験を受ける予定だという。

「入社当時は『都市対抗に出る!』と言っていても、口だけでイメージは全然湧いていませんでしたから。九州の予選に出ても、いつもコールド負けで帰っていたので」

 堤は爽やかな笑顔をたたえて、そう振り返る。社業と野球の両立は心身ともに負担のかかることだった。

試合に行けば、胸の「うめだがくえん」という平仮名のロゴマークを見た相手選手から「学生かな?」と勘違いされることもしばしば。入社10年目にはチーム状態が不安定で、「年下のヤツも増えてきたし、どうしようかな……」と現役続行が揺らいだ時期もあった。

 そんな苦労をくぐり抜けての都市対抗出場である。堤にとってはHonda熊本の補強選手として出場した2017年以来の東京ドームだったが、「Honda熊本もよかったですが、やっぱり自分のチームで出る都市対抗は格別ですね」と雰囲気をかみ締めた。

 初出場チーム同士の対戦になったシティライト岡山(岡山市)との一戦は、追いつ追われつの熱戦になった。梅田学園は2対4と2点ビハインドを許した6回裏、先頭打者として4番・堤が打席に入った。

「流れをどうにか変えたいと思った」という堤は1ボールから甘く入った変化球をとらえ、ライトスタンドへと消えるホームランを放った。一塁側のベンチ、スタンドは総立ちとなり、堤のホームランに快哉を叫んだ。堤はその熱狂に酔いしれた。

「もう一生にあるかないか……ということなので。いつもよりゆっくりとベースを回りましたよ」

 しかし、その後はシティライト岡山のリリーフ左腕・平岡航(伯和ビクトリーズからの補強選手)に抑え込まれ、梅田学園は3対4で敗れた。試合後、堤は「なんとか1勝したかった」と絞り出し、その思いを語った。

「(梅田碇備)社長にはここまで野球部を存続してもらったので、なんとか1勝を挙げてちょっとでも恩返ししたかったです」

 一塁側スタンドには「交通安全」と染め抜かれた横断幕が掲げられた。選手の左袖にも「安全運転」の文字がプリントされ、梅田学園野球部のホームページには「野球を通じて交通安全を伝える社会人硬式野球チーム」というインパクト絶大のキャッチフレーズも躍る。彼らにとって安全運転を訴えることは使命でもある。だからこそ堤は「1試合でも長く、あの横断幕を掲げたかったんです」と悔やむ。

 都市対抗にはさまざまなチームが出場する。企業チームの数は全盛期より減っているとはいえ、いまだにさまざまな業種の企業チームが東京ドームを沸かせている。それは日本経済の豊かさの名残りとも、野球がいまだ文化として社会に溶け込んでいる証拠とも言えるかもしれない。

 宮崎梅田学園の奮闘には、あらためて社会人野球の面白さと野球の底知れないエネルギーを感じさせられた。都市対抗は7月25日まで東京ドームで開催される。それぞれのチームを支える人々に思いを馳せながら観戦してみてはいかがだろうか。