過去、サッカーのレフェリングの歴史において、多くの騒動があり、審判にとって最も判定が難しかった事象。それは手でボールを扱う反則、『ハンドリング』ではないだろうか。



サッカールール改正でハンドの基準再定義。反則になるケースは?...の画像はこちら >>

ルール改正では、ハンドに関しても基準が再定義された

 手にボールが当たった=すべて反則、ではない。ボールに”意図的に触れた”と認められた場合のみ、ハンドリングと判定される。しかし、この”意図的”をどのように見極めるか。これまでの競技規則には、以下の考慮点が示されていた。

・ボールの方向への手や腕の動き
・相手競技者とボールの距離(予期していないボール)
・手や腕の位置だけで、反則とはみなさない

 これらをレフェリーが総合的に判断し、意図的に手で触れたかどうかを判定する。しかし、基準はあるものの、人によって解釈は異なり、グレーゾーンの幅が大きかったのも確かだ。
説明されて納得できるケース、納得できないケース、さまざまな判定があっただろう。

 2019-20年の競技規則改正で、この『ハンドリング』の基準が、再定義されることになった。

“意図的に触れる”については、”手や腕をボールの方向に動かす場合を含めてハンドの反則である”と書かれている。この部分は変わらない。その一方、新ルールには次の記述が加えられた。

「たとえ、アクシデント(意図がなかった場合)であっても、次のように手や腕でボールに触れた場合は反則となる。

・攻撃側の選手の手や腕にボールが触れて得点する
・攻撃側の選手の手や腕にボールが触れてボールをコントロール/保持して得点する、または得点の機会を作り出す
・手や腕を用いて自身の体を不自然に大きくし、手や腕でボールに触れた
・手や腕が、通常”不自然”と考えられる肩の位置以上の高さにある(ただし、選手が意図的にボールをプレーしたのち、ボールが選手自らの手や腕に触れた場合を除く)」

 このルール改正について、JFA(日本サッカー協会)の小川佳実審判委員長は次のように説明する。

「攻撃側の選手の手や腕に当たってゴールになったら、それは意図があってもなくても、ハンドになります。アジアカップのベトナム戦、吉田麻也選手のヘディングが典型ですね。頭で触った後に自分の手に当たってゴールに入りましたが、吉田選手に手で触る意図はありません。でも、競技の公平、公正、魅力の向上という部分を考えたとき、サッカーというスポーツは手で得点するものではない。だからハンド。

その一方、守備側であれば、意図が全くないのでノーファウルになります。

 状況から見れば、ダブルスタンダードですよね。同じ触り方をしても、攻撃側か守備側かによって判定が変わるわけですから。それを”公平じゃない”と言う人はいるかもしれませんが、そもそもサッカーは手で得点することを、誰も期待していないですよね。得点だけでなく、意図なく手や腕に当たって落ちたボールをシュートした場合なども、攻撃側はハンドになります」

 旧ルールでは”意図的かどうか”がすべての判断基準だったが、この部分は変更された。新ルールの場合、意図がなくてもハンドを取られるケースが、明確に設定されている。


 それは攻撃側という対象者の設定のほか、”手や腕を用いて自身の体を不自然に大きくする”という記述も、その一つだ。小川氏が解説する。

「英語で言うと、Make the body unnaturally bigger。未必の故意的なもので、ここに手や腕を置けば当たるだろうなと、体の面積を大きくする。たとえば、アジアカップのオマーン戦でブロックに入った長友佑都選手の腕に当たったシーンです。腕を水平か、肩以上に上げて、体を大きくしましたよね。
当時の試合はPKを免れましたが、新ルールでは意図にかかわらずハンドです。

 選手が気をつけなければいけないのは、ジャンプすると体が反応して傾き、肩の位置より手や腕が上がって行くことです。たとえ意図していなくても、その姿勢はハンドと判定されることになります」

 攻撃者の手に当たってゴールしたら、意図にかかわらずハンド。不自然に体を大きく、とくに肩以上に上げた腕にボールが当たれば、守備者でもやはり意図にかかわらずハンドとなる。

 そして、これらの項目追加に伴い、旧ルールの”意図的”の考慮点からは、”予期していないボール”という記述が消えた。つまり、これまでの審判は、競技者とボールの距離、ボールのスピード、競技者の体の向きなどから、予期できるボールか否か=意図があったか否かを判断していたが、この部分を考慮しないことになる。



 また、”手や腕の位置だけで、反則とはみなさない”という記述も消えた。今後は長友のケースのように、手や腕の位置だけでハンドとみなす場合もある。新ルールは”意図”への言及が減り、手に当たる状況を切り分けることで、ハンドの基準が明確に再定義された。

 逆に、ハンドとはならないケースも、次のように定義されている。

・選手自身の頭または体(脚・足を含む)から直接触れる
・近くにいた別の選手の頭または体(脚・足を含む)から直接触れる
・手や腕が体の近くにあり、その手や腕を用いて自身の体を不自然に大きくしていない
・選手が倒れ、体を支えるために、手や腕が体と地面の間にある。ただし、体から横または縦方向に伸ばされていない
・GKがボールをプレーに戻すため、明らかにボールを蹴った、または蹴ろうとしたがボールをクリアできなかった場合、GKはそのボールを手または腕で扱うことができる

 たとえば、浮き球などをプレーしよう(対応しようと動く)として失敗し、そのボールが自分の腕に当たってしまった場合は、ハンドにならない。誰かに当たって跳ね返ってきたボールも、不自然に体を大きくしていなければ、ハンドにならない。スライディングしたときの地面との支え手も、そのまま下に突いた手なら、ハンドにならない。

 そしてGKの一文については、少し解説が必要かもしれない。

「よく見るシーンではありませんが、味方のバックパスをGKが蹴り損なって、ボールが転がった場面です。GKに聞くと、”手で触ってもいいか躊躇する”と言います。

 そもそもバックパスを捕球してはいけないルールは、なぜ作ったのか。GKが手を使うとボールが止まってしまいますよね。相手がチャレンジできない。それを防ぐためのルールです。

 でも、GKが自分にボールを留まらせないために、手以外で一度プレーした。そこでミスをしている。一度は意識としてボールをプレーに戻そうとした事実があるから、それは次のフェーズに行ったということで、手で触ってもいい、と。そこがクリアになりました」

 このように新ルールでは、さまざまな状況に切り分け、ハンドとなる事象、ならない事象が細かく定義されている。

 とはいえ、これらの定義によってグレーゾーンが完全になくなるわけではない。

「難しいのは、腕の位置が肩より下にあるときです。どこからが”不自然”なのか。僕らの立場から”30度だよ”とは言えません。極力ハンドのリスクを小さくするためには、腕を広げないほうがいい、と言うしかありません」

 典型的なケースは、女子ワールドカップ決勝トーナメント1回戦、オランダ戦の熊谷紗希のハンドだ。

「これはどう思いますか? 腕は結構広がっていましたよね。今までで言えば、”距離とスピード”という言葉を使いました。つまり、避けられないから仕方がない、意図はない、と。それらを総合的に考えれば、PKを取らない人はいるかもしれません。

 でも、新ルールでは距離やスピードを考える必要はないんですよ。体を不自然に大きくしたか、していないか。そこの判断だけです。オランダからすれば、大きいよ、と言うでしょう。日本からすれば、これは不自然じゃないよ、と言うはずです。それを決めなければいけないのがレフェリーで、最後はレフェリーの意見に委ねることになります」

 これらのルール改正については、すでに審判が各クラブを訪問し、選手や監督へ説明の場を設けている。それを受けた浦和レッズの宇賀神友弥は、こんなふうに感じたそうだ。

「ハンドのところは、すごく微妙だなと思います。(基準が一部明確になったことについては?)難しいですよね。やっぱり判断を下すのは人間なので、審判の主観というか、さじ加減で結局変わってきちゃうなと思うので。ルール改革と言っても、あまり変わらない気がします」

 実際のところ、このハンド改正について、選手はそれほど大きくプレーを変える必要はないだろう。ブロック時に腕を広げないことは、多くの選手が以前から気をつけている。その腕のたたみ方を、ボールとの距離の近さなどにかかわらず、あらためて徹底したほうがいい、といったくらいか。

 また、これまでも審判は、新ルールに似た基準で笛を吹くケースが多かった。攻撃側の手に当たったと視認できれば、ハンドと判定する傾向は強かったし、守備側のスライディングの支え手に当たったときも、意図なしでハンドにはならない。誰かに当たって跳ね返ったボールも、避けようがないから、意図なしで反則にはならない。新ルールも旧ルールも、判定結果はほとんどのケースで一致する。

 つまり、今までは審判の主観やグレーゾーンの幅の中で、「サッカーはそうあるべき」という解釈に基づき、結果として帰結していた判定について、その基準をあらためてハッキリさせた、と言える。誰が見ても同じ解釈になるように、客観性を高めて。それが今回のハンド改正の大筋だろう。だから選手のプレーは、それほど大きく変わるわけではない。

 変わるのは、審判が判定を行なうステップと、その内容をどう外部に説明するか。この部分だろう。それに関しては、基準が明確になったことで、逆に審判が苦しむケースが増えるかもしれない。

「映像で見れば誰でもわかりますが、瞬間ですから。最初は腕が上がっていても、ボールが当たる瞬間に下がっている可能性もあります。でも、腕が上がっている状態の残像があると、レフェリーはPKを取るかもしれない。じつはこういう基準が明確になっていくと、人間の目で判定するレフェリーは、すごく辛い立場になります。映像で見て、新ルールと照らし合わせたら、”えっ違うじゃん”となってしまう。すごく大変になると思います」(小川審判委員長)

 たしかに、基準が明確になったのは良いことかもしれないが、この複雑なルールを適用するレフェリーは大変だ。

 そもそも、このルール改正は、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の存在を念頭に置いているように思える。

 ハンドの基準が”意図的に手で触った”では、VARは介入するべきかどうか、判断が難しいだろう。しかし、新ルールのハンドは、0か1かでデジタルに判定できる項目が多いので、VARが素早く判断し、介入しやすく、根拠も説明しやすい。不自然に体を大きくしたか、それだけの基準なら、静止画でも見極められるだろう。VAR向きだ。だとしたら、やはりJリーグも、VAR導入待ったなしか。

 Jリーグでは、J1が8月2日、J2は8月4日、J3は8月3日の試合から新ルールの適用が開始された。また、ルヴァンカップは9月4日から適用が始まる予定で、ルヴァンカップ決勝トーナメントはVARが導入されるため、その点も注目だ。

 単純にルールがどう変わるのか、だけではなく、なぜルールが変わったのか。サッカーはどの方向へ進もうとしているのか。そんなことも感じながら2019年、Jリーグ後半戦をお楽しみあれ。