日本武道館は異様な雰囲気に包まれていた。
2020年東京五輪で初実施される、空手のプレミアリーグ東京大会の最終日(9月8日)。
形で優勝した女子の清水希容(左)と男子の喜友名諒(右)
スピード感あふれる動きと、技のキレで勝負する清水。対照的に、ダイナミックな動きから力強い技を繰り出すサンチェス。審判7人による採点で、共に30点満点で27.68点という高得点を叩き出し、最高点と最低点もまったく同じで勝敗がつかずに”空手史上初”の再試合にもつれ込んだ。
相手と闘う「組手」に対して、「形」は攻防を想定し、ひとりで突き、蹴り、受けを組み合わせた演武を行なって勝敗を争う。
採点項目は大きく2つに分類される。立ち方、技の動きや繰り出すタイミング、正確な呼吸法が行なえているか、などを評価する「技術点」と、力強さやスピード、バランスなどを評価する「競技点」だ。誤解を恐れずに言うならば、空手の形は”武道版のフィギュアスケート”のようなもの。わずかな乱れから演武が破綻する可能性もあり、体の隅々までコントロールする力と、極めて高い集中力が求められる競技である。
東京五輪に出られるのは10人(1国につきひとり)だけ。
今大会前までのオリンピック・スタンディングで、清水は2位、サンチェスは1位。決勝はまさに”頂上決戦”だったのだ。
決勝に進むには3次ラウンドまでを勝ち抜く必要があり、1度使った形はその大会で2度は使えない。それは再試合になっても同じである。
にもかかわらず、清水とサンチェスは両者とも再試合を想定し、もうひとつの形を準備していた。
異例の再試合で清水が選んだのは、公式戦で演じるのが3度目という「オヤドマリノパッサイ」。「今年に入って一番何も考えず、無心に技に集中した」と鬼気迫る形を演じた清水が、1度目よりも高得点の27.74点をマーク。サンチェスを0.26点上回って2大会ぶりに制覇した。
それでも、清水に満足した様子はない。演武後には、「たくさんの人に応援に来てもらっているので、勝ててほっとしている」と言いつつも、「勝った気はしてない」と繰り返した。特設で組まれた決勝の畳の反発力にうまく対応できなかったこと、それによって演武全体のバランスを乱してしまったこと……。「いろんなところの体の使い方がなってない」と課題ばかりを口にした。
「ここから1年間、たぶんサンドラと勝ったり負けたりを繰り返すんだな」。清水はしみじみとつぶやいた。
女子は清水とサンチェスの2強だが、男子は世界選手権3連覇中の喜友名諒(きゆな・りょう/劉衛流龍鳳会)の”無双状態”が続いている。オリンピック・スタンディングも他の追随を許さない独走の1位。このプレミアリーグ東京大会も当然のように優勝した。
過去にプレミアリーグで優勝経験もある実力者、新馬場一世(しんばば・いっせい/西濃運輸)との日本人対決となった決勝では、自身が修練を積む劉衛流(りゅうえいりゅう)の「オーハン大」を演じて28.38点と圧巻の高得点。
これで、国際大会は昨年の6月から12戦負けなし。荒々しさすら感じさせる、力強い技の中にある正確さと繊細さ、筋骨隆々の体だからこそ表現できるダイナミックさは見る者の度肝を抜く迫力がある。そんな喜友名を、「東京五輪の全競技の中で金メダルにもっとも近い男」「五輪に出場すれば金メダルはほぼ確実」と称する声も多い。
オーハン大は今年から国際大会で使えるようになった技であり、まだ磨いている最中だ。喜友名も「どこまで伸びていくか、自分でも楽しみ。もっともっと上げていきたい」と話すように、まだ技の限界は見えていない。
敵なしの喜友名が目指すのは「強い空手」であり「相手がいなくても、相手が見えるような形」である。東京五輪までにどう進化して、どこまで強くなるか。”東京五輪金メダル確実男”から、今後も目が離せない。