スポルティーバ・新旧サッカースター列伝 第6回

サッカー界には、問題行動を数多く起こし「異端児」扱いされながらも、溢れる才能を見せてファンにものすごく愛されたスーパースターたちがいる。今回からの新旧サッカースター列伝は、そんな「破格」のプレーヤーたちを紹介していく。



◆ ◆ ◆

フランスで異端児、イングランドで王様

「カモメがトロール船を追うのは、鰯が海に投げ込まれると考えているからだ。どうもありがとう」

王様・カントナ、「カンフーキック」事件の名言。練習相手はベッ...の画像はこちら >>
"カンフーキック事件"後の記者会見、エリック・カントナはこう言って会場をあとにした。集まった記者たち、ポカーンである。

 あまりにも有名な事件なので簡潔に記す。1995年1月25日、クリスタルパレス戦で退場になったカントナが、ロッカールームに戻る途中で観客のマシュー・シモンズに暴言を浴びせられ、跳び蹴り食らわせたうえに数発殴った。観客席に躍り込んでの暴行に英国中から非難囂々(ごうごう)。
そして、あまりにも有名になったセリフが「カモメが......」であった。スキャンダルに群がるメディアをカモメに喩えたわけだが、カンフーキック事件についてはのちにこう話している。

「最高の瞬間? たくさんあるけど、1つ選ぶならフーリガンに蹴りを入れた瞬間だな」

 武勇伝には事欠かない。オセールとプロ契約を結ぶと、さっそくチームメートのブルーノ・マルティニの顔面をパンチして罰金を科されている。88年にはナントのミシェル・ザカリアンに危険なタックルをして出場停止3カ月間、危険な「タックル」というより正真正銘の跳び蹴りだった。

 フランス史上最高額の移籍金でマルセイユに移籍してからも問題行動は変わらず、交代に怒ってボールを客席に蹴り込みユニフォームを投げ捨てて、クラブから出場停止1カ月。
フランス代表でもアンリ・ミシェル監督をテレビカメラの前で侮辱して国際試合出場停止1年間。手を焼いたマルセイユからの貸し出し先のモンペリエではチームメートにスパイクを投げつけて活動禁止10日間。ニームに移籍すると主審の判定に不服でボールを投げつけて出場停止1カ月、その聴聞会で委員に「バカ」と言って2カ月に加算された。91年12月16日、カントナは引退宣言する。

 もしここでキャリアを終えていたら、才能に恵まれながら感情を抑えきれない理解不能の暴力男として記憶されただけだったろう。しかし、カントナを高く買っていたミッシェル・プラティニ(当時のフランス代表監督)がイングランドに売り込み、最終的にリーズ・ユナイテッドに移籍した。

イングランド行きは、当時代表コーチだったジェラール・ウリエが心理学者に相談した結果だそうだ。心理学者は正しかった。

 リーズではリーグ優勝に貢献、翌年のシーズン途中でマンチェスター・ユナイテッドへ移籍、エリック・カントナはそこで「キング」になる。

金を払う価値のある練習

 マンチェスター・ユナイテッドには、サンフレッチェ広島の選手たちが短期間だが練習に参加していた。高木琢也(現大宮アルディージャ監督)もその1人だったが、カントナについて、次のように話していた。

「孤高というか、いつも1人だった。
練習試合で足を蹴られると、試合中ずっとその選手を目で追っていたのが恐かった」

 子ども時代を暮らしたマルセイユの家は洞穴。サルデーニャからの移民で、祖父にあたる石工士ジョセフが見つけた場所だという。第二次世界大戦末期にドイツ兵を見張るために丘に掘られたものだそうだ。カントナは「自分の墓として何も刻まれていない石を置いて欲しい。永遠に謎の存在として」と言っていたが、すでにその存在は謎めいている。

 マンチェスター・ユナイテッドに来たカントナについて、当時のキャプテンだったポール・インスの第一印象は、

「『俺はエリック。
お前らにタイトルを獲らせるためにここに来た』と言っているようなオーラがあった」

 チームメートが移動のバスの中でトランプやゲームに興じているときも、1人で本を読んでいた。勉強が好きなのかと問われると、

「学んでいるんじゃない。生きているんだ」(カントナ)

 188センチの長身だが俊敏でボールコントロールは柔らかい。猫のようにしなやかで、虎のパワーを持つアタッカーだった。空中戦に強くボレーも抜群にうまい。お気に入りはファーサイド。

全体練習とは別に個人練習を欠かさなかった。意外と努力の人なのだ。お気に入りの練習相手はデイビッド・ベッカム。

「彼のトレーニングは金を払っても見る価値があるよ」(ベッカム)

 当時、まだユースチームにいたベッカムにクロスボールを蹴らせていた。それを監督室から眺めていたアレックス・ファーガソン監督がベッカムのキックの精度を見て、トップへの昇格を決めている。

 マンチェスター・ユナイテッドはカントナを獲得した92年11月からわずか2敗、92-93シーズンに26年ぶりの優勝を勝ち取る。クリエイティブで、ゴールだけでなくアシストやチャンスメークも抜群にうまかった。次のシーズンも連覇。クラブはプレミアきっての強豪になるわけだが、カントナなしでは現在のマンチェスター・ユナイテッドはありえなかった。背番号7は、かつてジョージ・ベストやブライアン・ロブソンも着けた番号だが、「7」を特別にしたのはカントナである。

「俺は人間じゃない、カントナだ」

 2009年、カントナはケン・ローチ監督の映画『エリックを探して』にカントナ役として出演している。人生の危機に直面する中年の郵便配達員の目の前に忽然と現れ、示唆に富む言葉を伝える。

「俺は人間じゃない、カントナだ」

 劇中そう言っているが、映画のカントナは実在のカントナではない。郵便配達員の幻想のようでもあるが、その言動は間違いなくカントナである。社会派のケン・ローチにしては珍しいハッピーエンディングの作品だった。

 それにしても、自分の役を演じるというのはどういうものなのだろう。妙なのはカントナがじつにカントナらしく演じていたことだ。言ってみれば、それは森進一のモノマネをする森進一である。ところが、カントナはカントナをデフォルメすることなく演じきっていた。つまり、こういうことではないだろうか。カントナは役をやる前から、ずっとカントナを演じていたのではないか。

 自分を何かに見せかける。だが、これは最もカントナがやりそうにないことでもある。少なくとも、人々に迎合して世の中をうまく渡るために自らを偽っていたとは思えない。むしろ進んで孤立し、世間に反発し、人には理解できない自分だけのルールに従って行動しているように見えた。「俺はいいけど、カントナは何と言うかな」と自らに問い続けていたのかもしれない。

 ヨハン・クライフは選手としてピークにあったカントナを「何も特別ではないが、すべてを持っている」と評していた。プレーヤーとしては器用なのだが、人としては不器用で、謎の石のように神秘的。キャリアの前半では類い希な才能を浪費し、後半では栄光を極めた。ただ、カントナ自身が何か変わったわけではない。およそそのままだった。

 そして、誰も理解できなかったが、理解されないまま愛されていた。