指導者としての彼の表情に、「悪童」と呼ばれ恐れられた男の面影はなかった。元イタリア代表のマルコ・マテラッツィ。

世界中のフットボールファンの記憶に残る、2006年ドイツW杯の”ジネディーヌ・ジダン頭突き事件”の当事者でもある。

「日本人を指導するのは初めてだが、とても刺激的だ。性格が俺に合うのかもしれないな」

 1月中旬にレジェンドクリニック(※)の一員として来日し、冗談を飛ばしながら子どもたちと戯れる姿は、イタリアきってのファイターだった現役当時の印象とは大きく異なっていた。常に戦う姿勢を崩さず、タイトル争いに直結する試合では、巨体を生かしたセットプレーで数多のゴールを奪取。2001-02シーズンから10シーズンプレーしたインテルでは、ファンの”インテリスタ”にとって今なお英雄的な存在だという。
(※)レアル・マドリードで活躍したミチェル・サルガドをはじめ、世界中のレジェンドを日本に招き、世界を舞台に活躍した彼らの経験を日本の子どもたちに伝えるサッカークリニック

 古巣への愛情が深いマテラッツィの目には、元同僚の長友佑都、今季のセリエAで2位(第21節終了時)と好調のインテルはどう映っているのか。
闘志を前面に出した現役時代のように、熱いDF論を展開した。

マテラッツィは「VARが導入されて残念」。DF論と元同僚の長...の画像はこちら >>

2011年4月、東日本大震災の復興支援マッチに出場したマテラッツィと長友 photo by Enrico Calderoni/アフロスポーツ

――2011年にインテルを退団してから、どのような時間を過ごしてきましたか?

「イタリアを出てからは、インドで選手兼監督も経験したよ。2016年に引退して、今はイタリアに戻ってペルージャに住んでいる。キャリアをスタートさせた街のことをとても気にいっていてね。ときどき地元のチームを指導することもある。あとは解説の仕事をしたり、世界中のイベントに参加していたり、インテル関連の仕事もしているよ」

――選手として10シーズンプレーしたインテルは、やはり特別なクラブなのでしょうか?

「インテルでの時間は俺のキャリアの中でも特別な時間だった。

サポーターの熱狂ぶりや、ジュゼッペ・メアッツァ(インテルとミランのホームスタジアム)の雰囲気はすばらしかった。今でも多くのサポーターが俺に温かい言葉をかけてくれるのは、本当にうれしい。インテリスタにとって、ユベントスやローマ戦で多くのゴールを挙げたことは影響が大きいようだね」

――セリエAという守備的なリーグで、あなたは通算54得点を記録していますね。

「ポジションに関係なく、ゴールという結果はサポーターの記憶に残る。それがライバルチームとの対戦であればなおさらだ。あくまで俺の持論だが、ゴールを狙えるシチュエーションがあれば、DFでもどんどんゴールを狙うべき。
とくにセットプレーやコーナーキックの時、俺は常にゴールを狙っていたよ。ヘディングが得意だったから、とにかくニアサイドにボールを豪快に叩き込むことだけを考えていたね」

――当時と比べると、現代サッカーでは得点を取れるDFが少ないように感じますが、その原因は何なのでしょうか?

「たしかに少なくなっているかもしれないけど、どの時代も得点を取れる選手はいるもの。選手個々の能力によるところが大きいね。実際に、セルヒオ・ラモス(レアル・マドリード)はあれだけ得点を取っているだろ? 俺は彼のプレーが好きなんだ。どんな時でも全力を出し切る。彼のような存在がいれば、チームはそれだけで引き締まるんだよ」

――あなたと同じく、セルヒオ・ラモス選手も闘志を前面に出してチームを鼓舞する選手ですが、そういったタイプのDFも減ったのではないでしょうか。



「その点に関しては時代の流れもあるだろう。VAR(ビデオアシスタントレフェリー)が導入されて”マリーシア(※)“が発揮できない部分も増えてしまった。そこは個人的に残念だ。
(※)プレー中の駆け引きや機転。イタリア語ではマリッツィア

 とにかくサッカーは球際の強さが大切。DFは体を張り、相手を威嚇するような存在感も必要となる。
ボールを激しく奪いにいき、そこでのバトルに勝たなければ試合に勝つこともできない。それはサッカーの真理であり、どれだけ時代が変わろうが変わらないことだ。『どんな局面でも相手FWに負けない』というメンタルの強さをピッチで表現することは、優れたDFの資質のひとつだね」

――時代が変わっても、DFに求められる役割は本質的に変わらないと。

「DFの仕事が増えてきているのは確かだ。攻撃の起点となるための足元の技術も必要で、戦い方も俺たちの時代より戦術的になっている。ただ、やはりDFの基本は相手FWをいかに抑えるか。
優れたFWとDFのせめぎ合い、1対1の場面がサッカーの本質であり、観客にとってもお金を払う価値があるものだ」

――勝利のための激しいプレーゆえに、あなたはレッドカードをもらうことが多い選手でしたね。

「俺は常に勝利を求めていた。どんな試合でも負けたくなかったんだ。時に相手と激しく接触してカードをもらうこともあったが、それは俺がピッチ上で体を張ってきた証明でもある。体を投げ出してでも、失点を防ぐことは俺のスタイルでもあった」

マテラッツィは「VARが導入されて残念」。DF論と元同僚の長友を語る

レジェンドクリニックで子どもたちを指導したマテラッツィ photo by Kurita Shimei

――インテル時代のチームメイトだった長友佑都選手も、優れたDFの資質を備えていましたか?

「もちろんだ。ユウトは”フェノーメノ(怪物)”だ。スピード、90分間動き続けるスタミナ、1対1の強さ。そして、絶対にあきらめない強いメンタル。DFにとって必要な要素をすべて兼ね備えていた。あの小さな体のどこに、あんなパワーが秘められているのか(笑)。ユウトにはとんでもないエンジンが積み込まれているんだろうね」

――あなたはよく、長友選手のことを「最高の友人だ」と発言されています。

「俺は彼のことが大好きなんだ。人間的にもすばらしく、チームを明るくさせる存在だった。サッカー選手としても、そのプロフェッショナルな考え方には影響を受けたよ。練習に取り組む姿勢は本当にすばらしく、どんなことにも手を抜かず一生懸命やっていた。それが、ほかのチームメイトにも慕われていた理由だね」

――古巣のインテルは一時期の低迷期を脱したように映りますが、どう見ていますか?

「まず、2005-2006シーズンからクラブが5連覇を達成したことを忘れてはいけない。これはセリエAの歴史を見ても誇るべきことだ。ただ、俺が退団して以降の数シーズン、クラブは難しい時期に直面したね。毎シーズンのように監督が代わり、中位に沈むこともあった。でも、どれだけ優れたクラブでもこういった周期は経験するものさ。昨シーズンから好転の兆しを見せはじめ、今シーズンはいいパフォーマンスを見せている。新監督のアントニオ・コンテのもと、チームは生まれ変わったね」。

――上位争いに加わるなど好調をキープできている要因は?

「守備組織が機能し、前線にはロメル・ルカクとラウタロ・マルティネスという、欧州でもトップレベルの能力を持つ2人がいる。DFもディエゴ・ゴディンのような経験豊かな選手が(アトレティコ・マドリードから)加入し、安定感が増した。そしてコンテの戦術が浸透し、攻守のメカニズムがうまく機能している。今のインテルはスクデットを狙えるチームだ」

――最後に、日本サッカーの印象を教えてください。

「今回は2年ぶりの来日になるけど、日本という国が大好きだと再認識したよ。誰もがユウトのように礼儀正しく、節度がある。日本のサッカーに関しては、正直なところあまり見る機会はないけど、ロシアW杯の日本代表の試合は見たよ。守備面では改善できる部分があると思うね。W杯で上位に進出する国は、共通して強い守備ブロックがあり、個々のディフェンス力も高い。優勝したフランスや、伝統的にイタリアがそうであったように。しっかりと守れるチームになった時、日本はよりいい成績を残せるはずだよ」

■マルコ・マテラッツィ
1973年8月19日生まれ、イタリアのレッチェ出身。ペルージャ、エバートンなどを経て、2001年から10シーズンにわたってインテルでプレー。2011年に退団後、2014年から2016年までインドのクラブで選手兼監督を務める。イタリア代表には2001年に初召集され、2006年のドイツW杯では優勝に貢献した。