高校まで先発マウンドに立つことが当たり前だった松井裕樹にとって、守護神は縁遠いポジションだと思っていた。

「プロになった時はローテーションで投げるイメージしかありませんでしたから。

抑えとしてやっている姿っていうのは、もちろん想像もしていませんでした」

松井裕樹が絶不調のなかで見つけたもの。先発転向の伏線は2年前...の画像はこちら >>

今季から先発に挑戦する楽天・松井裕樹

 楽天に入団した1年目(2014年)こそ17試合に先発したが、2年目からは絶対的な抑えとしての地位を確立。2018年にプロ野球史上最年少で通算100セーブを達成すると、昨年は自身初となるセーブ王のタイトルを手にした。

「そこが人生の面白いところですよね。何が起こるのか本当にわからない」

 そう笑う松井が、今季から再び先発投手としてマウンドに立つことを決断した。

 守護神としてたしかな実績を築き、満を持して先発に挑戦するといった概念は松井にはない。あえて理由を挙げるとすれば、「もっと成長できる」といった貪欲なマインドが松井に根付いているからだ。


 長いイニングを投げるとなると、スタミナはもちろん、ペース配分を考えなければならないし、投球フォームだって今まで以上に微調整を繰り返さなければならなくなるだろう。さらに、同じ打者と何度も対戦するため、よりいっそう研究に時間を費やさなければならないし、味方捕手との信頼関係も強めていかないといけない。やるべきことは山積みだ。

 それでも松井は「長く野球を続けていくために必要なこと」と、先発に挑戦する狙いを語る。

 じつは、その伏線は2018年にある。この年、松井は苦しみ、もがいていた。

体を絞ろうと食事制限に取り組むも思うような成果が得られず、この年から始めたワインドアップモーションも馴染まなかった。

「きつかった……」

 そううなだれるほど絶不調だった松井が復調のきっかけをつかんだのは、この年のラスト2試合で任された先発マウンドだった。

“力投型”と自認する男が、力を入れずともストレートは140キロ代中盤を計時した。その2試合で計11イニングを投げ、21奪三振。余力を残しながらもハイパフォーマンスを発揮できた要因を探ると、下半身の使い方がポイントになるという答えを導き出した。

 とくに大事にしたのは、踏み出す右足の使い方だった。
リラックスさせながら足を上げて重心を移動させると、「優しく下ろす」イメージで足を着地させ、ボールをリリースすると同時に右ひざを伸ばす。このように下半身を滑らかに使うことで、腕の力だけに頼らず、質のいいボールを投げられることを実感したのだ。

 かつて松井はフォーム修正の重要性を、このように力説していた。

「いつまでも力投型ではやっていけないので……。それができなくなった時に困らないように、効率のいいフォームを使っていかないといけない」

 この年のシーズンオフ、松井は極端に言えば、そのためだけに時間を費やした。その結果が、昨年残した自己最多の68試合登板と38セーブというキャリアハイの成績だった。



「満を持して」ではないかもしれないが、それでも先発に挑戦できるだけの準備を整えていた。投球フォームを従来のセットポジションからノーワインドアップへと変更したのもそのひとつだ。

 キャンプでは初日から2日連続でブルペンに入り、右足の上げ方などを変えながら1球1球、たしかめるように投げる松井の姿があった。

「ブルペン見て、どうでした?」

 嬉々として尋ねる松井に、「低めに強いボールがいっていたと思う」と率直な感想を返すと、「ふーん」と不敵な笑みを浮かべながら、こう答えた。

「まあ、まだ始まったばかりですしね。1球1球、いいボールと悪いボールをしっかり確認しながらやっていきますよ」

 その表情は自信に満ちているとも受け取れるし、高揚感に溢れているようにも見えた。
絶対的守護神からローテーションの軸へ。松井裕樹の挑戦がいよいよ始まろうとしている。