小林悠がどん底だった2012年。「1年で5年分」成長したきっかけの言葉

僕はこうして逆境を乗り越えてきた ~ 小林悠(川崎フロンターレ)~

 チームは活動自粛中とあって、家で過ごす時間も長くなっているだろうが、オンライン会議システムを活用して画面越しに再会した小林悠の表情は明るかった。

小林悠がどん底だった2012年。「1年で5年分」成長したきっかけの言葉

小林悠に苦悩した時期を振り返ってもらった

「家にベランダがあるので、太陽の光を浴びながらトレーニングしています。といっても、体幹トレーニングが中心ですけどね。

 あと最近、縄跳びもしているんです。音楽を聞きながらやっているんですけど、最初は1曲分跳ぶだけでも(体力的に)きつかったのが、今では3曲分くらいぶっ続けで跳べるようになりました。これも、ちょっとした成長なんですかね(笑)」

 コロナ禍における川崎フロンターレの取り組みとしては、ピコ太郎が公開した手洗いソング『PPAP-2020-』を中村憲剛がカバーした動画が話題になった。小林もそのバトンを受け取る形で動画を公開すると、次につなげた。

 それ以外にも、ファンやサポーターと触れ合う機会が減っていることから、高校時代の同級生でもある太田宏介(名古屋グランパス)とクラブの垣根を越えてインスタグラムでライブ配信を行なったり、自身を深く知ってもらおうと『note』にこれまでのキャリアをつづったりもしている。


「時間があるということと、サッカー選手である自分の言葉を発信することで、今32歳ですけど、子どもたちやサッカーをやっている少年・少女の保護者たちにも参考になればなって。自分自身、努力はしてきましたけど、いろいろな運というか紆余曲折があって、こうしてプロサッカー選手になれたので」

 足跡を辿れば、中学生の時にはJクラブのセレクションに合格できず、麻布大学附属渕野辺高校(現・麻布大学附属高校)へと進んだ。その後、進学した拓殖大学では1部ではなく2部でプレー。川崎への加入が決まった直後に、右ひざ前十字じん帯を損傷する大ケガを負ったこともあった。

 2017年にはJ1得点王に輝き、2度のJ1優勝を経験。昨今みせる活躍の一方で、苦悩した時期とはいつだったのだろうか。

「取材を受ける前に、自分にとって苦しい時期っていつだったのかなって考えたんですよね。やっぱり大学生時代のケガかな、とも思ったんです。

 でも、今思うと、ケガは治るもの。そう考えると、たいしたことはなかったのかなとも思うんです。だから、自分がどん底を経験したのはやっぱり……2012年になるんですかね」


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