女子サッカープロ化の意義(前編)

 日本女子サッカー初のプロリーグが2021年9月にスタートする。その名称「WEリーグ(Women Empowerment League)」が、このほど6月3日に発表された。



 日本にはすでに、1989年に創立された日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)が国内トップリーグとして存在している。それを既存のままとして新たにプロリーグが創設する。昨年11月に日本サッカー協会の理事会で承認・発表されてから約7カ月。その概要が見えてきた。

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なでしこリーグ5連覇という強さを誇る日テレ・東京ヴェルディベレーザ

 それにしても、なぜ今このタイミングで女子サッカーをプロ化するに至ったのだろうか。

 ひとつには、世界の動きがある。


 1999年にFIFAが女子サッカーの発展を目指し、世界に向けて発信した『ロサンゼルス宣言』(サッカーの競技人口の10%を女子にするという具体的目標を据えて、採択された宣言)以降、加盟各国はさまざまな形で女子サッカーの発展に力を注いできた。

 なかでもプロ化は各国で模索が続けられてきたが、これが一筋縄ではいかない。世界女王のアメリカ合衆国でさえ、プロリーグの経営には苦労してきたのが実情なのだ。

 米国は、1999年に母国開催のFIFA女子ワールドカップで初優勝するという最高の流れを作って、プロリーグを発足させた。しかし、鳴り物入りでスタートしたWUSA(2001年開幕)は、わずか3シーズン後の2003年に頓挫。再起をかけたWPS(2009年開幕)も、経営難のため2012年には立ち行かなくなった。
現在は3度目の挑戦でNWSL(2013年開幕)がトップリーグとしてアメリカの女子サッカーを支えている。すべて女子単体のチームで構成され、リーグ運営はアメリカとカナダの各サッカー協会と協力しながら行なわれている。

 そして、急激な成長を見せたのが、ヨーロッパだ。昨年のFIFA女子ワールドカップフランス大会ベスト8は、優勝したアメリカ以外すべてヨーロッパ勢が占めたが、その急成長の根幹にも、実はプロリーグ発足というキーワードがある。

 各国サッカー協会の強力なテコ入れや男子競技で強豪として知られるチームの参入などにより、ヨーロッパの女子サッカー環境は急激に整備されていった。たとえば、スペインでは、2019年の国内リーグの首位決戦(アトレティコ・マドリード・フェメニーノvsバルセロナ・フェメニーノ)で6万人を超す観客を動員するまでに認知度を上げている。

これは、サッカー文化が根づいているヨーロッパだからこその高まりとも言えるが、代表チームが強くなった理由のひとつとして、プロ化があるのは疑いの余地もない。

 一方、日本でも過去に何度か、なでしこリーグをプロ化しようとする動きはあった。

 2004年アテネオリンピック予選で初めて北朝鮮を下した”国立の奇跡”以降、なでしこジャパンという呼称は国内外を問わず浸透した。だが、その恩恵も長くは続かず、ギリギリの運営規模や、少ない観客動員など、日本女子サッカーを取り巻く環境は改善されてこなかった。

 その後、2011年のワールドカップドイツ大会優勝、2012年ロンドンオリンピック銀メダル獲得という”史上初”の快挙を重ねてもなお、日本女子サッカーのプロ化は実現されなかったのだ。この現状を打開するためには、抜本的な改革が必要だった。


 そんななか、2018年2月、前なでしこジャパン監督・佐々木則夫氏を筆頭にした女子プロ化実現の可否を探るワーキンググループをJFAの田嶋幸三会長が立ち上げた。なでしこリーグ理事会でも、今後の女子サッカー活性化が話し合われた。この両サイドから上がってきた議論が同じ着地点だったことから、プロ化への動きが一気に加速したというわけだ。

 その結果、プロリーグを国内トップリーグとして、およそ30年国内リーグの頂点で踏ん張ってきた、なでしこリーグもそのまま残すという形に落ち着いた。だが、ここでひとつの懸念が生じる。

「分裂ではありませんよ(笑)」――両リーグの関係性に関するその懸念を笑い飛ばしてくれたのは、日本サッカー協会女子委員長の今井純子氏だ。

今井氏は、女子プロサッカーリーグ設立準備室の主要メンバーでもある。

なぜ今、日本女子サッカーの新プロリーグ創設が決まったのか?

日本女子サッカーのプロ化について、日本サッカー協会女子委員長の今井純子氏が語ってくれた

「アマチュアリーグとプロリーグの違いにすぎません。JリーグとJFLの関係性のようなものです。将来的には、なでしこリーグとプロリーグはつなげていきたいと考えています」(今井氏)。

 とはいえ、クリアしなければならない問題は山積している。最大の壁はなんといっても運営資金だ。
イングランド、フランス、ドイツなどのように、世界に名をとどろかせる男子ビッグチームが潤沢な資金をつぎ込むわけでもなく、中東のように石油王もいないこの日本では、資金確保が一番のネックだ。

「これまでと同じ運営では、集客増大に結びつきません。プロ化に際しては、選手の環境面はもちろん、エンターテインメントとしてもしっかりと確立していかなければなりません。そのために、運営面の主要ポジションに専任者を置くことも検討しています。当然、さらに多くの運営資金が必要になります。そこで、JFAがWEリーグに5年間で、約10億円の投資をすることが決まりました。女子サッカー発展のため、草の根レベルの取り組み強化も並行して行なっていきます」(今井氏)

 女子リーグのプロ化が実現した最大の要因は、JFAからの投資によるところが大きい。JFAが投資を継続する5年の期間中は、少なくとも運営が保証される。また、最初の4年間は参入チームの降格はなく、リーグ運営を安定させながら徐々に登録チームを増やしていく予定だ。この期間中に、いかにプロリーグとして各チームの自立運営を安定させるか。それが当面の課題となるだろう。

 ほかにも、いくつもの柱がWEリーグを支えていく予定だ。例えば、女性スポーツ医学関連の企業や教育機関と連携することにより、投資を得るという手法のもそのひとつ。選手たちのデータを、医学や科学、栄養学などの発展に生かすというものだ。国内ではまだ途上であるこの分野を向上させるという意味でも、相乗効果を期待できる。

 さらに、政府が課題にしている「女性活躍」の場を広げることも、視野に入れている。この点に関しては、日本が世界から遅れを取っているのは周知の事実だ。「男性がやっているサッカーというものを自分たち(女性)もやってみたい」というところから始まった女子サッカーは、この点で非常に象徴的な存在と言える。また、そこから「女性活躍」の旗振り役を担う意図も明確に見て取れる。

 これらの取り組みを成功に導くためには、ブランディングが何よりも重要だ。そして、その基本になるのが選手たちだ。

 プロ化とは、単に選手たちがプロ契約をすることではない。パフォーマンスをする選手やリーグ自体の価値を高めて、それを社会に還元することも、プロとしての活動には重要な要素となる。

 ただ、サッカー一本になってしまうと、どうしても社会性の欠如に陥りやすいという側面もある。現在の女子サッカー選手たちの大半は、活動に理解のある企業で働きながら練習や試合を続けている。ここをもって「サッカー環境が整っていない」と指摘されることも多いのだが、その反面では、雇用されることにより選手たちが自然と社会性を身に着けているのも事実だ。

「プロ化は、女子サッカーの発展にとって大きな一歩です。ただ、働きながらサッカーをすることで学べることもたくさんあるということも、実感としてあります」

 そう語る菅澤優衣香(浦和レッズレディース)の言葉は、大いに頷ける。菅澤がなでしこリーグで活躍しながらこのような自覚を持っているのは、彼女を支える周りの環境による賜物と言ってもいいだろう。この視点や環境をWEリーグは的確にカバーしていく必要がある。

「その部分に関しては、研修などを徹底してやっていきます。プロリーグでの経験をしっかりと活用していかなければもったいない。そのためには、自己プロデュースや発信力も必要でしょう。貴重な選手人生を送ったあとに、社会価値ゼロからのスタートにはさせたくないし、そんなことになってはいけないと考えています。ここはしっかりとやって、選手も自信、確信を持てるようにならなければいけないと思っています」(今井氏)

 さらに、諸外国とのつながりが深い今井氏には、以前から抱いていた強い想いがある。

「かつて日本では、多くの海外代表選手がプレーしていました。しかし今は、そういった海外代表選手たちと日々戦いながら学んでいく機会がないんです。ヨーロッパの環境が整って、わざわざ日本にくる必要がなくなっているので、日本と海外の距離は本当に大きくなってしまっています。でも、私は日本女子サッカーの価値は本当に高いものだと思っています」(今井氏)

 実際、なでしこジャパンが2011年にワールドカップを獲って以降、アメリカやスウェーデン、スペインといった強豪国の監督や、選手たちの日本に対する興味は、それまで以上に高まっている。

「プロ化によって選手たちの魅力や価値を最大限に伸ばし、世界屈指の選手や指導者も行き来できるリーグにしたいですね。なでしこリーグの1部リーグをプロ化するのではなく、まったく新しいリーグを創設するに至ったのは、これがかつてないほど目標が高く意義のあるチャレンジだからです」(今井氏)

 日本女子サッカーのプロ化は、ほかに類のない日本スタイルで進もうとしている。この試みが成功するためには、選手、チーム、リーグ、協会の団結が不可欠だ。単に看板をつけ替えるだけではなく、従来の概念を打ち破っていかなければ道は続かないのだ。後編では、このWEリーグとともに、その新たなチャレンジに挑む、なでしこリーグに視点を据える。