日本を破ってW杯3位。クロアチアの「黄金世代」は引退後も貢献度大

日本を破ってW杯3位。クロアチアの「黄金世代」は引退後も貢献度大

あのスーパースターはいま(3) 

 1998年、フランス。日本代表は史上初めてW杯の舞台に立った。

 しかし、同じグループのクロアチアにとっても、このW杯は特別な大会だった。クロアチアは1991年、激しい戦いを経て旧ユーゴスラビア連邦(マケドニア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、スロベニア、モンテネグロのからなる連邦国家。1980年代から紛争が続き、1992年に分裂した)から独立。この大会は初めてクロアチア代表として戦うW杯だったのである。赤と白の市松模様のユニホームを着ることに選手もサポーターも、この上ない誇りと感慨を抱いていた。

 独立前、クロアチアの選手はユーゴスラビア代表としてプレーしていた。1987年、ユーゴスラビアはチリで行なわれたワールドユースで優勝を果たしているが、その時の大会MVPのロベルト・プロシネツキをはじめ、メンバーの過半数がクロアチア人だった(クロアチア以外の選手では、プレドラグ・ミヤトビッチらがいた)。その「黄金世代」がクロアチアの名を背負って戦ったのがこの大会だった。

 6月20日、リヨン。グループリーグの第2戦で両者は対戦した。その日は暑く、日本もクロアチアも疲弊し、後半30分を過ぎてもどちらも決定機を欠いていた。しかし日本のほんのわずかなミスをクロアチアは見逃さず、最後はダボル・シューケルが豪快な左足のシュートでゴールを奪った。これが決勝点となり、クロアチアの決勝トーナメント進出が決まった。


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