藤浪晋太郎は完全復活できるのか──。

 大阪桐蔭高では甲子園春夏連覇に導き、阪神入団1年目から3年連続2ケタ勝利を挙げる若きスター。

順調に大投手への道を歩み始めたと思われた矢先、藤浪に思わぬ落とし穴が待ち受けていた。

 投球メカニズムを崩し、頻繁にボールが抜けるようになった。コントロールがままならず、不本意なシーズンが続く。197センチの大型右腕が自分のボールを制御できずに悪戦苦闘する姿は痛々しくもあった。

山本昌が完全復活目指す藤浪晋太郎を採点。 「78点」の根拠を...の画像はこちら >>

完全復活に向けて順調にキャンプを過ごした阪神・藤浪晋太郎

 しかし、昨季は1勝に終わったものの内容は徐々に上向いており、明るい兆しが見えた。プロ9年目となった今季は、春季キャンプから順調な調整が続く。
先発ローテーション候補が次々と故障に見舞われるなか、藤浪は2月27日の中日戦で3回1失点と好投。開幕に向けて存在感を増しつつある。

 そこで、2019年秋季キャンプと2020年春季キャンプで阪神の臨時コーチを務めた山本昌氏(元中日)に、藤浪の現状について聞くことにした。山本昌氏は「彼自身のポテンシャルがすごいし、阪神にはすばらしいスタッフがいるので」と藤浪とスタッフ陣を称える。とはいえ、退任後も藤浪の状態をつぶさにチェックしているだけに、現状をどのように見ているのか気になるところだ。

「今年からワインドアップにしたのはいいですよ。

ゆったりと放れるので」

 春季キャンプ以降の藤浪のフォームについて、山本昌氏は明るい口調でそう語った。

 制球に苦しむ投手なら、セットポジションから投げるのが定石だろう。実際、昨季の藤浪はセットポジションで投げていた。振りかぶって投げるということは、アクションが大きいフォームになり、1球1球同じ動作を再現することが難しくなる。

 それでも山本昌氏が藤浪のワインドアップに賛同する理由は、投球メカニズムの改善が見てとれるからだという。

「ボールが出てくる位置が昨年よりも上がっているし、手首の立ち方もいい。

変化球の曲げ方を含め、本人の意識が明らかに変わってきています。これまでは変化球を横に曲げようとしていたのが、今は縦に曲げようとし始めている。それはとてもいいことだと思います」

 この言葉に、山本昌氏が考える藤浪のメカニズムが狂った原因が凝縮されている。

 山本昌氏が臨時コーチになった2019年秋、藤浪の状態はどん底に近かった。上半身と下半身の動きがバラバラで、リリース時にボールにしっかりと力を伝えられない。山本昌氏がとくに問題視したのは、リリース時に藤浪の手首が寝ていたことだった。

もともとは立っていた手首が傾くようになり、ボールが抜ける原因になっていたのだ。

 藤浪の手首が寝るようになった理由を山本昌氏はこう見ている。

「藤浪くんはいいスライダーを投げますが、スライダーを多投するピッチャーの多くは無意識のうちに手首が寝てしまう傾向があります。彼もスライダーに頼るうちに、ストレートを投げるときでも手首が寝るクセがついてしまったのでしょう」

 改善に取り組んだ結果、ここ数年悩んでいたものが、昨シーズン途中(秋頃)には一気に自分の感覚がよくなってきてようで、ボールが抜ける頻度が減り、勝つためのボールを磨いていた。山本昌氏は「もうボールが抜けないように......と調整する段階は過ぎた」と評価する。

「今の藤浪くんは勝つためのボールを追い求めています。

もともとは2ケタを勝てるだけの能力があるわけじゃないですか。そして彼はタイトルを獲ったことがある(2015年・最多奪三振)。タイトルを獲れるボールがどんなものかを知っていて、ようやくそのボールに近づけるための努力をし始めた。私はまたタイトルを獲れるピッチャーに戻れると思っています」

 それでも、まだ課題は残っている。ワインドアップ投法でダイナミックさを増したとはいえ、山本昌氏の目にはまだ藤浪の腕の振りが大人しく映っている。

「ストライクゾーンに収めようとする意識があるからか、モーションの途中で腕がわずかに止まっているように見えます。

もう少し腕の振り幅を大きく、大胆にとれるようになるともっとよくなるでしょうね。以前はできていたことですから」

 現時点での仕上がりぶりを聞くと、山本昌氏は「78点」という点数をつけた。

「僕のなかでは彼にもっと求めたいものがありますから。やっと彼本来のよさを追い求められる段階まできたので、ここからですよ」

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 藤浪が本来の姿に戻る日は、そう遠くなさそうだ。それにしても藤浪の例を通じて痛感させられるのは、投手という人種の繊細さである。山本昌氏は「体のどこかを痛めたことをきっかけに崩していくピッチャーが多い」と証言する。

「痛くて、かばって、崩してしまう。どれだけいいピッチャーでも肩を痛めてから崩してしまうピッチャーがいます。それまでよく肩が回っていたピッチャーでも肩を痛めてから回らなくなってしまう。ボールの勢いがなくなって、強いシュート回転がかかるようになってしまう......そういうピッチャーを何人も見てきました」

 幸いにも、藤浪は昨年10月に自己最速の162キロをマークしたように、体のどこかに異常をきたしているわけではない。類まれなポテンシャルに加え、旺盛な探求心が生きるのはこれからだろう。

 藤浪晋太郎の全盛期は2021年から始まった──。のちにそう振り返る日がくるようなパフォーマンスが見られる可能性は十分にある。