マネジメントの極意
岡田武史×遠藤功対談(後編)

経営コンサルタント・遠藤功氏と、スポーツキャリアを異ジャンルに生かすリーダーの対談企画「マネジメントの極意」。今回のゲストは、元サッカー日本代表監督で、現在は株式会社今治.夢スポーツの代表取締役を務める岡田武史氏。

後編では、人材育成とリーダーに必要な資質について語り合った。

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2010年、南アフリカW杯で日本代表をベスト16に導いた岡田武史氏

体育会系がビジネスで活躍できない理由

遠藤功(以下:遠藤) 企業のコンサルをしていると、スポーツ経験者は根性があり、素直だから採用したのに実際は伸び悩むケースが多い、という相談を受けることがあります。これについて岡田さんはなぜだと思いますか?

岡田武史(以下:岡田) 体育会系の場合は、監督に言われたことをきちんとする感覚が染みついているのかも。サッカーでも、日本人は指示されたことはきちっとやるけど、自分で判断ができないから弱いって言われるんだよね。

遠藤 日本人に自主性や自律性が足りないというのは、よく課題に挙げられますよね。今は答えがないものを探していくことが求められる時代になってきているので、余計に。


岡田 一昨年(2019)、日本代表がベネズエラ代表と試合をした際、日本は前半に4失点したんですね。そのとき、ハーフタイムに向かう選手たちを見たら、目が泳いでいたんですよ。これでは勝てないなと。

遠藤 選手同士で話し合うことをせず、指示を待つだけになっていた、と。

岡田 一方、同年に開催されたU-17ワールドカップ。地元ブラジルが、圧倒的に強いと言われていたフランスと準決勝であたったんです。
前半は0-2、ブラジルが負けていたんだけど、ハーフタイムに選手が集まって激論しているんですよ。その輪には、監督もコーチもいなかった。そしたら、後半に逆転したんです。

遠藤 激論を交わすほど選手たちが自分の頭で考えて、主体的に話し合えるような関係が、強くなるためには必要ということですね。

岡田 ブラジルのユースでは自分よりうまい選手が入ってきたらすぐにクビになる。コーチの言うことを聞いていたって生き残れないから、彼らは自分の武器を自分で磨かなければいけないんです。
日本のユースでは、新しい選手が入ってきて、ほかの選手をクビにしたら......大問題になりますよね(笑)。

遠藤 こうした状況を変えようと、岡田さんは主体的にプレーできる選手を育てる取り組みをされていますよね。

岡田 まずはサッカーから変えていこうと思っています。自立的に考え、主体的にプレーする選手を育てることは、チーム力の強化はもちろん、選手のセカンドキャリアでの活躍にもつながりますから。

新しい発想は「制約」から生まれる

遠藤 岡田さんは著書『岡田メソッド』(英治出版)で、「まずは型をきちっと身につけることで、型を破れるようになる」と説いていますよね。

岡田 僕もずっと、選手に自由を与えて自分で判断させようとしてきたんだけど、自由からはあっと驚くような発想は生まれないんじゃないかと。

ゆとり教育がスタートしたとき、「自分で好きなものを見つけなさい」と言われても、大半の子どもは何をしたらいいかわからなくなってしまった。スポーツに限らず、今は導いてあげるコーチングが大事と言われていますが、最初のうちはティーチングもやっぱり大事ですよ。

遠藤 私は昨年まで北海道にあるコープさっぽろという生協の有識者理事をしていたのですが、とてもいい経営をしています。生協なので北海道から出ることができないなかで、新しい事業を次々と生み出して、今も成長を続けています。「制約」が組織に与えるパワーはすごく大きいなと実感しました。「制約」があるから人はクリエイティブになれるということを教えられましたね。


岡田 なるほど、そう考えればいいんですね。

遠藤 聞いた話ですが、トヨタの生産ラインでは、たとえば10人で車の組付けをはじめて、うまく回るようになると1人抜いてしまうそうです。突然9人でやれと言われる。もちろん、最初は9人では回りません。でも、みんなで工夫するとやがてできるようになる。そして、今度はまた1人抜いて8人でやらせる。
改善を続けていくためのトヨタの知恵なんですね。「制約」を与えると、みんなが知恵を出し合い、人は成長していく。トヨタでは、人の知恵は無限であると考えられているんです。

岡田 サッカーでも、身体能力が高い選手は緻密なポジションを取らない傾向がありますね。後から追いかけても、なんとかなっちゃうから。でも、レベルが上がって、たとえば日本代表に入るとダメになる。自分より能力が高い選手とマッチアップしたら、対応できなくなるんです。

遠藤 体が小さい人は、ほかの能力をどうやって活かすかを考えないと生き残れないですからね。スポーツの世界でも、クリエイティブになるためには何かしらの「制約」があったほうがいいのかもしれません。

優れたリーダーの条件

遠藤 岡田さんはさきほど(前編)、「監督時代は強引に引っ張っていくリーダーだった」とおっしゃっていましたが、これからの時代はどういうリーダーが必要だと思いますか?

岡田 100人100通りのリーダーシップがあっていいと思っています。そのなかでリーダーに一番必要なものは何かと言われれば、「本質を見極める力」と「ゴールに向かって邁進する胆力」。本当の危機が起きたときに何が今一番大切なのかを見極めて、そこに邁進するというのが大事だと思います。

遠藤 物事が滞っているときに、するべきことの優先順位をつけられないケースは企業のトップにもよくあります。でも、優れたリーダーというのは、何が一番大事かをはっきりと示せる。先が読めない時代だからこそ、言い切る強さは必要ですよね。

岡田 当然リスクがあるので、見極めるにはやっぱり覚悟がないとね。何が起こるかわからないときに、中期計画に従っていたら会社は潰れるでしょう。今起きていることをどう捉えるか、そして、自信を持って実行できるかが大事ですね。

遠藤 アメリカでは、「リーダーの洞察力と組織のケイパビリティの両方を持つ会社しか生き残れない」と言われています。リーダーだけでは組織は回らないので、組織の柔軟性や実行のスピード、学習のスピードなどを高めていかないといけない、という意味です。トヨタやGAFA(Google、Amazon、Facebook、Appleの総称)が強いのも、ケイパビリティが圧倒的に高いからです。

岡田 それは、教育によるものですか? 文化によるものですか?

遠藤 ベースは文化です。風土を作っていかないとケイパビリティは構築できません。Googleでは「プレイワーク」という言い方をしていて、まるで遊ぶかのように働くという文化がありますよね。クリエイティブで、非常にケイパビリティが高い。日本でも一部の企業はケイパビリティが高いですが、まだまだ少ないと感じています。

\f強いチームに共通する"モラル"

遠藤 サッカーの世界でケイパビリティが高いと感じるチームの特徴はありますか?

岡田 Jリーグの各チームの練習を30分ぐらい見れば、勝つ確率が高いチームかどうかがわかります。それは、モラルがあるかどうか。ルールでもない、モラルなんです。

遠藤 モラルがあるチームとは?

岡田 たとえば、グラウンドの四隅にコーンを置いて、コーンの外側を1周何秒以内で走れと伝える。すると、コーンの内側を周る選手が出てくることがあるんですね。特にチームの中心選手が内側を周って、外側をちゃんと周っている選手を小馬鹿にする。こういうチームは、まず勝てません。

 ただ、コーンの外側を周れと言うだけではダメで、みんなが当たり前のようにコーンの外側を周る空気、つまり文化を作らないといけないんです。僕が率いたマリノスもそうでしたが、強いチームはこれができています。

遠藤 規律とも違いますか?

岡田 規律だと、監督やコーチが決めている感じですよね。そうではなく、自然と何をすべきかを理解して、内発的に行動が生まれることが重要だと思います。

遠藤 私が仲良くさせてもらっているデンソーの社長の有馬(浩二)さんは、「いい工場に行くと、いい"気"が流れているのがわかる」と言っていました。ピンと張り詰めた緊張感があり、そういう工場はトラブルを起こさないし、生産性も高いそうです。逆に、トラブルを起こす工場に行くと、空気が緩んでいると。「モラルがあるかどうか」というのは、組織やチームにとってすごく大事なんでしょうね。

岡田 そうですね。チームにいいモラルを与えられるかというのも、リーダーに必要な要素の1つでしょうね。そういう意味では、現日本代表・森保監督はすごくいいリーダーになるんじゃないかと期待しています。彼とはよく話しますが、モラルを大事にする感覚を持ち合わせている。彼が今後、真価を発揮していくことを楽しみにしています。

【Profile】
岡田武史(おかだ・たけし)
株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長。1956年大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1980年、古河電気工業サッカー部に入団。1990年に現役引退後、日本代表のコーチを経て、監督に就任。1998年、W杯フランス大会に出場する。その後、コンサドーレ札幌、横浜F・マリノスの監督を務め、2007年に2度目の日本代表監督に就任。2010年、W杯南アフリカ大会ではベスト16入りを果たした。代表監督退任後、中国スーパーリーグの杭州緑城監督を経て、2014年、FC今治のオーナーに就任。

遠藤功(えんどう・いさお)
株式会社シナ・コーポレーション代表取締役。1956年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)取得後、三菱電機、複数の外資系戦略コンサルティング会社を経て、現職。2005年から2016年まで早稲田大学ビジネススクール教授を歴任。現在は、独立系コンサルタントとして、株式会社良品計画、SOMPOホールディングス株式会社、株式会社ネクステージ、株式会社ドリーム・アーツ、株式会社マザーハウスで社外取締役を務める。著書に『生きている会社、死んでいる会社』『新幹線お掃除の天使たち』『コロナ後に生き残る会社 食える仕事 稼げる働き方』など。