鈴木勇斗の名前を最初に聞いたのは、昨夏に創価大の捕手・萩原哲(現・巨人)をインタビューした時だった。萩原は弾んだ口調でこう語っていた。
「ちょっとすごいですよ。上背はないんですけど、オープン戦ではストレートだけでもまともにバットに当たらないんですから」
創価大のプロ注目左腕・鈴木勇斗
昨秋の関東地区大学野球選手権(横浜市長杯)で初めてその姿を見て、萩原の興奮が理解できた。同大会で鈴木は自己最速の152キロを計測し、エースとしてチームを準優勝に導いた。準決勝の上武大戦ではリリーフとして3回2/3を投げ、9奪三振と快刀乱麻の投球を見せている。
ある試合の後、ベテラン指揮官の岸雅司監督(2020年限りで退任)は鈴木についてこう語った。
「八木(智哉)を超える素材だと思います」
八木は創価大のOBであり、2005年に希望入団枠で日本ハムに入団。
岸監督の言葉どおり八木を超える日がくれば、鈴木は当然、ドラフト1位でプロに進むような存在になるはずだ。
4月7日、大田スタジアムでの東京新大学リーグの開幕戦に、12球団30人を超えるスカウトが視察に訪れた。平日開催のためアマチュア野球のめぼしい試合が他になかった背景や、第1試合に登場する創価大だけでなく第2試合にも小向直樹(共栄大)というドラフト候補右腕がいたこともスカウト陣の集結に拍車をかけた。
杏林大との開幕戦の先発マウンドに鈴木が立つと、バックネット裏のスカウト陣は前のめりになって鈴木の投球に見入った。
しかし、鈴木は立ち上がりからスピードが乗ってこない。結果的に、この日の最高球速は143キロに留まった。
試合後、創価大の堀内尊法監督は鈴木について「本調子ではありませんでした。私も佐藤(康弘)ピッチングコーチも『キレはまだまだ』と感じています」と語っている。
だが、そんな状態で被安打1、奪三振13の完封勝利を挙げてしまう事実が、鈴木の非凡さを如実に物語っている。
鈴木本人は球速が出なかった要因として「初戦ということで緊張感があって体が硬かった」と語っている。また、本人は言い訳をしなかったものの、爪の状態が万全ではない事情もあった。
しかし、球速は常時140キロ前後に留まっても、ホームベース付近で勢いが死なない鈴木のストレートは次々と杏林大打線から空振りを奪った。鈴木も「2ストライクに追い込んでから真っすぐで空振りを取れたので、進歩していると感じました」と手応えを語っている。
そして大きな進歩を見せたのは、変化球の精度である。昨秋は一級品のストレートを披露した一方、変化球はばらつくケースが目立った。
「レベルが上がると、真っすぐだけでは抑えられないバッターばかり。でも、去年は変化球が甘く入ったり、ストライクが入らなかったりしていました。変化球が今年の課題だったので、キャンプから克服するために練習してきました」
ストレートと同じ感覚で変化球を投げるため、ブルペンではストレートと変化球を交互に投げて感覚を近づけた。また、打者にブルペンの打席に立ってもらい、「どこに目がけたら狙った場所にいくか?」と目標を定めながらコントロールを磨いた。
杏林大戦ではストレートだけでなく、スライダー、カーブ、チェンジアップの全球種で三振を奪った。
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そしてもうひとり、鈴木への評価を聞いてみたい人物がいた。創価大の佐藤投手コーチである。
佐藤コーチは現役時代に社会人・プリンスホテルのエースとして活躍し、1992年にはバルセロナ五輪野球代表として銅メダルを獲得した野球人だ。現役引退後は創価大コーチとして、八木や小川泰弘(ヤクルト)、石川柊太、田中正義(ともにソフトバンク)らを育成している。
鈴木が八木を超える逸材か否かを尋ねると、佐藤コーチはこう答えた。
「八木には全般的なセンスがありましたし、鈴木は体の力の強さがあります。それぞれに投手としてのよさがありますから一概には言えませんが、鈴木が八木に匹敵するだけの能力はあります」
その上で、佐藤コーチは鈴木にこんな注文をつけた。
「八木は大学4年生になってブレークしましたが、鈴木は3年の時点で台頭しています。ここから4年生になって上積みをつくるのは大変ですが、期待したいですね。去年はあった鈴木の本当にいいボールを、今年はまだブルペンを含めて1球も見ていません。まだまだ、これからですね」
ドラフトイヤーは始まったばかり。佐藤コーチの語る「本当にいいボール」が戻れば、精度が向上した変化球がより生きるのは間違いない。
秋に向けてさらに進化した姿を見せられれば、この左腕は2021年ドラフトの主役に躍り出る可能性すら秘めている。