昨年のいつ頃からか、今野龍太(ヤクルト)のピッチングを見るたびに「空振りの取れる真っすぐ」とメモするようになり、今年2月の練習試合、オープン戦を見ても「やはり空振りの取れる真っすぐだ!」と筆圧が強くなるほどだった。

 そして今野の昨年の成績をあらためて見ると、驚くことに気づいた。

昨シーズン、自己最多の20試合に登板し0勝1敗、防御率2.84。その役割をしっかりと果たすも、登板試合でのチームの勝敗はなんと0勝19敗1分。

 チームがリードされている場面でのマウンドがほとんどだったから、決してあり得ないことではないが、昨年20試合以上登板した投手で勝ち試合を経験していないのは、12球団で今野ただひとり。

ドラフト最下位、育成契約、戦力外…あきらめない男、ヤクルト今...の画像はこちら >>

4月23日の広島戦でヤクルト移籍後、初勝利を挙げた今野龍太

 この中継ぎ右腕への関心がいよいよ強くなり、シーズンが開幕すると、そのキャリアは驚くほどの急展開を見せることになる。

 岩出山高校(宮城)出身の今野は、2013年のドラフトで地元・楽天から9位(この年の支配下ドラフトの最下位指名)で入団。1年目から一軍登板を果たすが、2016年には右ひざの手術の影響もあり育成選手に。

翌年、再び支配下登録され、2019年にはプロ初勝利を挙げるもオフに自由契約。そしてその秋、ヤクルトの一員となった。

 今野はヤクルトへの入団が決まった時の心境についてこう話す。

「チームが変わったことで一からのスタートとなり、今までとまた違った経験ができるんじゃないか、新しい自分がつくれるんじゃないかと。そのためには、ストレートに自信があったので、まずはそこをアピールできればと思っていました」

 昨年6月19日、新しいチームでの初登板(中日戦/神宮球場)が早くも訪れる。7対7の同点で迎えた延長10回表、先頭の遠藤一星を四球で歩かせると、次の大島洋平の投手前バントをエラー。

自らのミスが絡んでの2失点で敗戦投手となり、一軍登録からも抹消された。

「あの時は自分自身のメンタルの問題で四球やエラーをしてしまったので、ファームではそういうことを繰り返さないように練習しました。技術面では制球力のレベルアップを意識して取り組みました」

 それから約2カ月後、一軍に再登録。"空振りが取れる真っすぐ"でチームに貢献し、一軍定着を果たす。

 この2月の春季キャンプでも一軍メンバーとして練習に励んだ。

「真っすぐは前の年からしっかり投げられていたのですが、決め球であるフォークの決まる確率が全然ダメだったので、変化球の制球も含めてそこをしっかりと取り組んできました。

去年の後半くらいから本当にいい感じなので、試合でもしっかり投げられたらと思っています」

 そして迎えたヤクルトでの2年目のシーズン。最初の5登板は昨年同様にビハインドの展開だったが、起用のされ方に変化を感じ取ることができる。

3月27日 阪神戦(0対6の3回途中からの登板。2回2/3無失点)
4月1日 DeNA戦(5対7の2回途中からの登板。2/3で2失点)
4月4日 巨人戦(1対2の8回から登板。1回無失点)
4月6日 広島戦(0対2の8回から登板。

1回無失点)
4月11日 中日戦(1対2の7回から登板。1回無失点)

 そして4月13日のDeNA戦(神宮球場)では、チームが5点リードの7回表のマウンドに送り出された。リードした場面での登板はじつに8年ぶりとなった。

「『久しぶりだな』という意識はなかったです(笑)。とにかくテンポよく投げて0点に抑えて、いい流れで攻撃につなごうと......。そのことだけを考えてマウンドに上がりました」

 一死後、宮﨑敏郎にソロ本塁打を浴びるも後続を断ち、ヤクルト移籍後26試合目にして自身の投げた試合で初めて勝利のハイタッチの輪に加わった。

「勝って終われたという安心感はありました。言葉で表現するのは難しいですが、(ハイタッチは)今までと違う感覚がありました」

 高津臣吾監督は今野の投球について、「去年の経験が生きていると思います」と言って続けた。

「中継ぎにはいろいろな役割があります。モップアップ(敗戦処理)というか、試合をもう一度つくり直す役割であったり、勝ちをそのままクローザーへ渡す役割であったり......。ここまでの彼はすごくいろいろな役割をしっかりこなしてくれています。どの場面でも信頼してマウンドに送ることができるし、本当にいい仕事をしてくれています」

 今野は4月22日の広島戦(マツダ)でプロ初ホールドを記録。

翌日の中日戦(神宮)は同点で迎えた6回にマウンドに向かうも、先頭の阿部寿樹を自らのエラーで出塁させてしまう。この場面について「去年の開幕戦を少し思い出しました......」と振り返った。

「エラーはしてしまったんですけど、気持ちを切り替えて次のバッターに集中しようと、それだけを考えました。そうしないと、またズルズルといってしまうので」

 つづく井領雅貴、木下拓哉を打ち取りツーアウト。代打の石橋康太には四球を与えてしまうも、大島洋平をストレートで見逃し三振。

「手応えというか、指にかかったボールがいっていたので、そのボールで三振が取れたので気持ちよかったです」

 ヤクルトは6回裏に勝ち越し、今野に勝利投手の権利が発生した。試合は7回にも1点を追加したヤクルトが6対4で勝利。今野が移籍後初勝利を挙げた。

「勝ち投手になるということは、そんなに意識していませんでした。本当に試合に勝ちたかっただけなので。『みんな頑張ってくれ』という感じでした(笑)。球団の方に『このあとヒーローインタビューがあるよ』と声をかけられたくらいから、勝利投手になった実感が沸いてきました」

 ヒーローインタビューは、楽天時代に初勝利を挙げた時(2019年5月18日)以来2度目のことだった。

「お立ち台で『最高でーす』と言ったんですけど、本当にそんな感じでした(笑)」

 プロ初ホールドとヤクルトでの初勝利。今野はこのうれしい2日間について「しっかりと0点で抑えて、チームの勝ちにつなげたい。そういう気持ちで投げていました」と言った。

「試合終盤に投げているメンバーがけっこう連投していたので、そういう時だからこそ自分が頑張らないといけないと思っていました」

 クローザーの石山泰稚に、今野の存在について聞くと「コンちゃんですか?」と笑顔を見せて、こんな話を聞かせてくれた。

「僕もああいう場面(大量リードされた展開)で投げたことがありますし、大変な役割だとわかっています。そこで気持ちの切り替えができているかは本人に聞かないとわからないことですけど、しっかりやってくれていると思います」

 そして空振りが取れる今野のストレートについても聞いてみた。

「コンちゃんはオープン戦からすごく調子がよくて、僕も『なんでこんなにいいの?』って聞いたぐらいです。本人は『調子いいんですかね』って言っていましたけど(笑)。コンちゃんの真っすぐについては、投球フォームだったり、クイックだったり、そういうところでタイミングにずれが生じている部分はあると思いますが、単純にストレートの質がいいのだと思います」

 今野はヤクルトに入団して、マウンドに上がる時の登場曲に高橋優の『プライド』を選んだ。マウンドで投球練習をしている時に流れてくる「誰にも期待されないくらいが~」というところのフレーズは、単純に"敗戦処理"投手としての開き直りの気持ちかなと思っていたが、彼の球歴をたどることで、より深い意味であることがわかった。

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 高校時代から今野を知る宮城出身の男性からこんな話を聞いた。

「岩出山は山の中にあって、その土地で育った子たちが進学する普通の公立高校なんです。大会では1回戦敗退ばかりですし、部員が9人揃わずに公式戦を辞退したこともありました。そのなかで今野はエースとして野球部を県大会に導いたり、3年夏の県大会初戦でノーヒット・ノーランを達成したり......3回戦で敗れて甲子園には届かなかったのですが、宮城の人たちは今でも今野に期待し応援しているんです」

 地元のプロ野球チームのユニフォームに袖を通すも、芽が出ずに自由契約。応援してくれる人たちの期待に応えられなかったことが苦しく、登場曲に『プライド』を選んだのではないか。そのことを今野に聞くと「まったくそのとおりです」と言った。

「ヤクルトには拾ってもらった形なので、そんなに期待されていないのかなと思ったこともあります。そしてこの歌の歌詞には『まだやれるさ』という言葉もあるんです。自分には後援会があるんですけど、楽天時代はそんないい成績を残せずにクビになってしまいました。だからヤクルトでしっかり活躍して、地元の人たちにいいところを見てもらえたら......という思いがあるんです」

 最後に、今野がいま目指していること、その先に広がる夢について聞いた。

「目指しているところは、今年はずっと一軍にいてチームの勝ちに貢献できればと思っています。その先は、ブルペンを支える存在になってみんなと優勝したいです」

 今野はまだまだやれるはずだ。なにより、今野がはい上がってきた姿は、いまファームで苦しんでいる若い選手たちに勇気を与えるに違いない。