10月21日、巨人ひと筋で17年間プレーを続けてきた亀井善行が引退を発表した。2004年のドラフト4位で中央大学から入団後、卓越した守備と勝負強いバッティングでチームに貢献。

2009年にはWBCでも活躍した名外野手だ。

 現在は、11月6日から始まる阪神とのクライマックスシリーズ(CS)に向けて準備を進めている。そんな亀井がインタビューに応じ、現役生活の中で衝撃を受けたこと、打撃・守備で意識していたこと、チームメイトに伝えたいことなどを話した。

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10月23日の引退セレモニーで涙ながらに挨拶する亀井

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――まだCSが始まる前ではありますが、あらためて選手生活を振り返っていただけたらと思います。亀井さんが、プロ入り後に一番の衝撃を受けた出来事を挙げるとしたら?

「プロ入り2年目の2006年に札幌ドームで行なわれた中日戦で、カットボールが代名詞だったエースの川上憲伸さんと対戦した時ですかね。その時はストレートを打って2塁打になったんですが、しっかりと芯で捉えたはずなのに、インパクトの瞬間に押し戻される感覚があったんです。


 普通だったら、ボールを芯で捉えればバットを押し込むようなスイングができるのに、その打席ではできなかった。あの押し込まれた感覚は『プロってすごいな』と初めて衝撃を受けた出来事でした」

――それから、押し込まないようにするための対策などはしましたか?

「自分が明らかにパワーが不足していると認識したので、体の力を意識して練習方法から変えるようにしました。振り返ると、成長のきっかけになった対戦でしたね」

――プロのすごさを感じた打席を挙げていただきましたが、逆に「会心の一打」だった打席はありますか?

「2009年の日本ハムとの日本シリーズ第5戦の、9回裏1-2の1点ビハインドの場面で武田久さんから打った同点ホームランです。あの時はホームランを狙って打席に入ったと思いますが、初球の真っすぐをしっかり捉えることができました。

 僕はローボールヒッターでしたが、あの時はボールが高めに来たのに狙いどおりに打てた。タイミングはもちろん、日頃からイメージしていた"ボールを1球で仕留める"ことができた打席でした」

巨人・亀井善行が語るプロでの一番の衝撃と忘れられない会心の一打。「ホームランを狙って打席に入った」

2009年の日本シリーズ第5戦、9回裏に放った同点ホームラン

――亀井さんに対して、「勝負強い選手」というイメージを持っているファンが多いと思います。
大事な場面で結果を残すために、メンタル面などトレーニングしていたことはありますか?

「『勝負強さ』という点に関しては僕もよくわからないです。たまたまチャンスの場面で打順が回ってきて、結果的にそこで打つことができた、という印象です。ただ、打撃に関して"掴んだ"と思えたことはありましたね。

 2014年に指を骨折して一軍登録抹消になり、土台作りとして毎日2、3時間ランニングしていたんです。それによってさらにパワーがつき、反対方向(レフト方向)にもホームランが打てるようになりました。そのあたりから"1球で仕留める"意識も高まったことは事実です。
当時は選手として苦しい時期でしたが、その年のケガはもうひとつ成長できた分岐点になりました」

――現役生活を通してケガに悩まされた印象がありますが、その点に関しては?

「ケガに関しては肉離れなどもしましたが、それは試合中の走塁でケガをすることが多かったですね。自分が持っている以上の出力が出てしまったというか、足の使い方や走り方などに問題があると僕は理解して、2017年だったかと思いますが、股関節の可動域を広げるトレーニングを始めました。

 その結果、肉離れなどのケガが確実に減ったんです。股関節の可動域が広くなったことで走り方が改善でき、スピードが出るようになってタイムも上がりました」

――10月23日の引退セレモニーの中では、「心技体が揃わないと、このプロの世界では通用しない」という話をされていました。引退を決めたのは、そのどれかの衰えを感じたのでしょうか。

「正直、どれも衰えを感じたわけではありません。
引退を決めたのは、左足内転筋のケガで麻痺症状が残り、『来年はいいパフォーマンスを発揮できないだろう』と考えたからです。

"心技体"を揃えるというのは、プロ生活を続ける中での自分のテーマで、それらがないとレギュラーで活躍することは難しいと思っていました。僕は入団当時、メンタル面が弱く、技術もなく、体の強さもなかった。それから17年間、年齢を重ねるごとにそれらを高めていきましたが、引退を決めた時も『足りない部分が多いな。心技体を揃えることができなかったな』と感じました。

 ただ、足りない部分を自覚しながらそれを高めてこられた経験は、僕にとって大きな財産です。

今のプロ野球、巨人だけでなく若い選手たちのレベルも上がっているので、後輩たちには僕ができなかったことを実現してほしく、引退のメッセージとして"心技体"の話をしました」

――若手選手のレベルが上がっているという話が出ましたが、今季のルーキーたちの活躍についてどう見ていましたか?

「何年かプロでプレーしたのか、と感じる選手ばかりですね。打者の中では、DeNAの牧(秀悟)選手は中央大学の後輩にあたるんですけど、体はしっかりしていて、打率3割、4番も打つなどしっかり結果を残しました。僕のルーキー時代では考えられません(笑)」

――亀井さんは打撃だけでなく、2009年にはゴールデングラブ賞を獲得するなど守備に関しても高い評価を受けていました。守備で意識していたことはありますか?

「僕は主に外野を守っていましたが、ポジショニングの大切さ、"見えない守備"というんですかね。そこは若い選手たちにも伝えていけたらと思っています。

 こだわっていたのは、相手の2塁打を極力減らすこと。
打球が2塁打になるコースは、主にレフト線、左中間、右中間、ライト線の4つありますが、外野手3人でそのすべてを守るのは無理です。だから『4つのうち3つのコースに絞り、そこに飛んだボールは極力シングルヒットにできるようにしよう』と他の外野手とも話していました」

――具体的に、どのように守っていたのでしょうか。

「データを活用して、ピッチャーやバッターの特徴を理解した上で、どの3つのコースを守るかを決めてポジショニングを取っていました。データと違う打球がきたらしょうがないですけど、それで2塁打を減らせたら、ピッチャーを助けることができる。そう思って守っていました」

――ポジショニング以外の、例えば打球反応の1歩目、クッションボールの処理などは、どのように向上させていったんですか?

「もちろん練習も大事ですが、選手が打った打球は質が違うので、やはり『生きた球をどれだけ受けられるか』になると思います。その中で、風やグラウンドの状況、フェンスの固さなども頭に入れていかないといけないと思います」

――長く活躍し、チームを引っ張ってきた亀井さんから、チームメイトたちへのメッセージをいただけますか?

「僕はそこまで実績を残せた選手ではないですから、たくさんは言えないんですけど、『巨人は常に強くなければいけない』という意識はしっかり持っていてほしいですね。坂本(勇人)という頼れるキャプテンがいますが、4番を打っている岡本(和真)、1軍で活躍する吉川(尚輝)や松原(聖弥)あたりが、リーダー的な意識をもう少し持ってもらいたいなと思います。

 チームの中心にならないといけない選手は、ファンのみなさんから見ていても何となくわかるはず。そういった選手には自覚、危機感を持って取り組んでいってほしいです。そして巨人をさらに強くしていってくれることを期待しています」

――最後に、間近に迫ったCSへの意気込みをお願いします。

「チームメイトと共に、日本シリーズ進出を目指して最後まで精一杯プレーします。ファンのみなさんも一緒に戦ってください!」