Jリーグクライマックス2021
「沼津の人は、何でも反対するんです。静岡東部の代表っていう意識が昔からあって、とにかく保守的なんです。
JR沼津駅で乗り込んだタクシーの運転手は、そう言って肩をすくめた。やや大げさな自嘲は、地元を憂えているようでもあった。
「J3のアスルクラロ沼津が、これから地元を盛り上げたりしないですか?」
そう水を向けた。車は試合会場の愛鷹へ向かっていた。
「チーム名がよく覚えられないんですよ、何度聞いても」
運転手は申し訳なさそうに言った。
前日、清水で会ったタクシードライバーは、今シーズンの清水エスパルスと来季の展望をとうとうと語っていた。たったひとりの比較などあてにはならない。ただ、J3でも下位のチームとJリーグ発足時から加盟する"オリジナル10"のチームの距離とも言えた。
「まあ、自分は三島出身なんですけども......」
降りる間際、運転手は言った。
いわてグルージャ盛岡のJ2昇格を願う横断幕が風にたなびくゴール裏
12月5日、沼津。J3からJ2への昇格をかけ、最終節を残して2位のいわてグルージャ盛岡が乗り込んで来ていた。J2昇格条件を満たしたうえで2位までが昇格の条件だった。岩手は勝てば文句なしにJ3優勝かつ昇格。引き分けでも昇格で、たとえ負けても3位ロアッソ熊本の結果次第では昇格が決まる、かなり優位な状況だった(首位のテゲバジャーロ宮崎はすでに全日程を終了しており、1、2位になってもJ2昇格条件を満たしていない)。
3000人近くのサポーターが続々と来場し、スタジアム周辺は山々に囲まれてしんとしているのに、その一点だけは活気と賑いがあった。
岩手サポーターも、座席のない"芝生席"のゴール裏を中心に200人ほどが集まっていた。「グルージャ」はスペイン語で鶴を意味し、鶴の被りものをする人もいて、横断幕には「一岩昇鶴」とあった。岩手出身である宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の幕は、地方色が出ていて妙に味わいがあった。彼らはほとんど立ちっぱなしで声援を送り続け、ひとりひとりの熱気はJ1、J2、J3というカテゴリーを超えていただろう。
「昇格」
その夢は原動力となった。しかし裏を返せば、負けられない緊張感ともなっていた。
「選手が緊張でガチガチでした。想定はしていましたが、それ以上でした」
岩手を率いる秋田豊監督は言ったが、サッカー人生の岐路に立つ戦いの緊迫感に動きは重かった。J3とJ2では、財政面などで大きく違う。1シーズンを戦ってつかみ取った最終切符を手放すわけにいかず、「もし失ったら」という不安感にもなった。
事実、前半は沼津が主導権を握っている。ボールをつなげ、運ぶサッカーをしてきた痕跡が見えるチームで、緊張で硬さが出た岩手を凌駕していた。ギャップに入ってボールを受け、フリックで崩すなど、J3で14位(下から2番目)とは思えず、どちらが昇格を争うクラブかわからないほどだった。
しかし、後半に入ると、前に出た岩手がセットプレーで優位に立つ。サッカーの質で勝ったわけではないが、うまく相手のつなぎを引っかけ、カウンターを仕掛け、押し込む。そして60分、右からのクロスが相手のDFとGKが交錯してこぼれ、牟田雄祐が決めた。
「試合が終わってサポーターに挨拶に行って、みんなの顔を見て、声を聞いた時に、歴史を変えることができたんだ、と思いました。今日の90分も苦しかったですが、ひとつひとつ乗り越えた結果が昇格なんだなと」
J2昇格の殊勲者になった牟田は言う。
「震災から10年、岩手でサッカーが盛り上がっているのを感じています。プロサッカー選手として、少しでも元気や勇気を届けられたらと思っているので、自分たちが目標に向かって成し遂げたことが、前向きに挑戦するきっかけになったら......。自分たちも、ここからが本当のグルージャのスタート。(J2で)一丸となって戦っていきたいです」
試合後、岩手の選手たちはゴール裏に集まったサポーターと騒いでいた。表情は自信に満ち、明るかった。その恍惚はJ2を戦い抜くための武器になるだろう。
今季のJ3は、最終節でFC岐阜を破ったロアッソ熊本が優勝し、岩手と同じく昇格を決めた。4シーズンぶりのJ2復帰。J3を勝ち抜くのは決して簡単なことではない。
「目の前で昇格を決めさせたくなかった」
一方で、沼津の選手たちはそう語っていた。その意地が戦いを緩慢にしなかった。緊迫感のなかでの試合だけがクラブを強くし、選手を成長させる。
J3は、Jリーグの土台だ。
「これからセレモニーがございます!」
スタンドでは、沼津のスタッフが帰ろうとするサポーターを呼び止めていた。師走の夕暮れは冷え込む。沼津は来季もJ3が戦いの舞台だ。
2022年、J3は松本山雅、ギラヴァンツ北九州、愛媛FC、SC相模原がJ2から降格して加わる。また、JFL優勝のいわきFCが東北から新たに昇格。史上最も熾烈な戦いになるかもしれない。