ジュビロ磐田
遠藤保仁インタビュー(前編)

遠藤保仁がジュビロ磐田への完全移籍を正直に語る――「なんとな...の画像はこちら >>
 2021年12月27日に発表された、遠藤保仁のガンバ大阪からジュビロ磐田への完全移籍。その決断を本人は「あまり悩むこともなく、ごく自然に」導き出したという。

 2001年から約20年という長い時間を過ごしたガンバへの愛着、感謝の気持ちは今も心の奥底にある。だが、それがプロサッカー選手としての自分を悩ませる材料にはならなかった。

「去年のシーズンが終わってガンバからも、ジュビロからも来シーズンに向けた提示をいただいたなかで、何がどうと言葉にするのは難しいけど、なんとなくこうなりました、というのが正直なところ。

 そう言うと、『もっと理由があるでしょ?』と突っ込まれそうですけど、期限付き移籍でガンバを離れて1年半が経ったし、こうなることを予想していた人も多いんじゃないかな。

 実際、ジュビロに加入してからほとんどの試合に先発で使ってもらって、去年はチームが目標にしていたJ1昇格、J2優勝をダブルで実現できて、ジュビロが目指すサッカーも自分の理想とするスタイルで......となれば、ジュビロに残る選択をするのが自然だな、と。

 そう思えばこそ、ガンバから出してもらったリリースの挨拶文も手短に済ませました。

きっとガンバサポーターのみなさんなら、わかってくれますよね、という感情込みで(笑)。

 いつの時代も、チャレンジは大事なことだと思ってやってきたけど、そのチャレンジって、別にチームを変えるとか、環境を変えるなどの大きな変化で求めなくてもできますしね。実際、ガンバにいる時も、毎年、新しいチャレンジを自分に求めてやってきたわけで、それと同じように、今年はジュビロで新しいチャレンジをする一年にしたいと思います」

 その言葉にもあるとおり、2020年10月に期限付き移籍で磐田に加入してからというもの、遠藤は驚くほどスムーズにチームに適応を見せながらチームの主軸として戦い続けてきた。

 1シーズン目は、加入した時点で12位と苦しんでいた状況もあり、順位を6位に上げるにとどまったが、スタートからフルで戦った昨年は、スタートから試合に絡み、42試合中35試合に出場。試合中のGKとの接触で足首を痛め、約1カ月間、離脱を余儀なくされた以外は、ほぼ全試合で先発のピッチを預かり、勝利の原動力になった。

「自分もコンスタントに試合を戦いながらチームの目標を達成できたという意味で、去年はすごく楽しい一年でした。

 約1カ月の離脱は......ケガでそんなに長く休んだのはプロになって初めてというくらいの出来事だったけど、前のシーズンの約3カ月間でつかんだ手応えもあって、特に不安を感じることもなかったですしね。戻ったらやれるでしょ、早く戻りたいな、くらいにしか思っていなかったし、実際、戦列に復帰してからもある程度、自分のイメージどおりにプレーすることができた。

 何より、それがチームの勝ちにつながったのもよかった。サッカーはチームで戦うものだから、たとえ自分のパフォーマンスがよくてもチームとしての結果が出なければ喜べるものにはならないけど、去年はたくさん勝てたから。その分、"楽しい"につながることも多かったんだと思う」

 事実、昨年の磐田はスタートこそ2連敗と躓いたものの、第14節のザスパクサツ群馬戦から始まった"8連勝"で初めて首位を捉えてからは、コンスタントに勝ち点を重ね、"昇格圏"である2位以内に定着。

 第32節のFC町田ゼルビア戦に勝って、再び首位に躍り出てからは一度もその座を明け渡すことなく、第39節の水戸ホーリーホック戦での勝利によってJ1昇格を確定させる。

さらに第41節の群馬戦では引き分けながら勝ち点を積み上げ、最終節を待たずしてJ2リーグ優勝を決めた。

「昇格のキーになったのは終盤戦、上位チームとの直接対決を連勝で乗りきれたこと。栃木SC戦(第34節)、愛媛FC戦(第35節)と下位チームとの試合を2つ続けて引き分けに終わったあと、流れを断ちきって(第36節の)大宮アルディージャ戦から、上位対決を含めて4連勝を飾れたのは大きかったと思う。

 そこで、2位の京都サンガF.C.との勝ち点差が縮まっていたら、もう少し終盤のプレッシャーのかかり方が違ったはずだけど、結果的に、勝ち点差を広げられて、少し昇格が見えてきた感じもあった。だからといって、その時でさえ『もう大丈夫』と言えるほどの確信を持てていたわけではなかったですけどね。

 仮に自分たちが連敗して、昇格を争うチームが連勝でもすれば(順位が)ひっくり返る可能性もあると思っていたし、試合内容としても......下位チームとは少し差があるなと感じたけど、上位を争うチームとは、どっちに転んでもおかしくないような拮抗した試合も多かったから。

 ただそのなかでも、ジュビロとしての戦い方を一貫して追求できたのはよかったし、それは今年のJ1リーグを戦ううえでの土台になっていくと思う」

(つづく)

遠藤保仁(えんどう・やすひと)
1980年1月28日生まれ。鹿児島県出身。鹿児島実高卒業後、横浜フリューゲルス入り。同クラブが消滅後、京都パープルサンガを経てガンバ大阪へ。チームの"顔"として数々のタイトル獲得に貢献した。同時に日本代表でも主軸として活躍。

2020年10月にジュビロ磐田へ期限付き移籍。2021年12月、磐田への完全移籍を発表。