今オフにポスティングシステムを利用し、広島カープからMLB移籍を目指している鈴木誠也。2021年は侍ジャパンの4番打者として東京五輪金メダルに貢献。

シーズンでは6年連続となる打率3割をクリアし、自己最高の38本塁打を放った。

 今や国民的打者になった鈴木のさらなる成功を願っているのが、名打撃コーチの内田順三さんだ。内田さんは1983年から2019年の37年間にわたり、広島と巨人の2球団を行き来して数々の名選手を育成してきた。

 2012年にドラフト2位で広島に入団した鈴木を、名伯楽はどのように指導したのか。そして、MLBへの移籍が叶った場合、成功のカギはどこにあるのか。内田さんに語ってもらった。

鈴木誠也はいかにして日本の4番になったのか。名伯楽が語る「目...の画像はこちら >>

ポスティングでのメジャー移籍を目指している鈴木誠也

【入団時のイメージは前田智徳

「誠也がカープに入団した時、私は二軍監督をしていました。カープの二軍は『チームの勝利は二の次でいいから、選手が一軍で活躍する使い方をしてくれ』というオーナーの方針があります。ですので、ドラフト2位の誠也や、1位の髙橋大樹(2021年限りで退団)はどんなに打てなくても優先的に使いました」

 ドラフト順位は髙橋が上だったが、内田さんは鈴木を「外野ならすぐに一軍である程度活躍できる素材」と入団直後から高く評価した。

「髙橋は龍谷大平安で甲子園に出ていますし、U−18代表にも選ばれていてネームバリューがありました。誠也はスカウトからの評判は高かったものの、甲子園にも出ていないし実績は乏しかった。でも、髙橋は長打力こそあったものの、脚力や守備力はプロレベルではまだ足りませんでした。誠也は走攻守の三拍子が揃っていて、右打者と左打者の違いはあれど入団時の前田智徳に近いイメージ。

打率を残せる中距離ヒッターで、肩が強くて足も速い。順調に育ったら、3割20本塁打を安定して残せる3番打者になると思いました」

 高卒選手ながら、外野手なら即戦力に近い。それほどの高い能力があったが、球団は鈴木を遊撃手として育成する方針を立てていた。当時の野村謙二郎監督から「ショートをやらせてください」とリクエストを受け、二軍監督の内田さんは鈴木を遊撃手や三塁手として起用し続けた。

 鈴木は入団1年目からウエスタン・リーグで93試合に出場。打率.281、2本塁打、38打点という好成績を残している。

だが、2年目のシーズン途中から、内田さんは鈴木を外野で起用するようになる。

「守備でのエラーがバッティングに響くようになってしまったんです。堂林(翔太)もそういうところがありましたが、送球エラーをするとスタンドから『ワー!』と歓声が上がって、エラーした選手は『申し訳ない......』と意気消沈しやすい。それなら、外野に回したほうが本領を発揮できると考えたんです」

 外野に回ったことで、鈴木は持ち前の強肩を存分に発揮できるようになった。

【量で質をつくる練習法】

 それでは、鈴木の打撃の進化について内田さんはどのように見ていたのだろうか。入団当時を振り返ってもらった。

「最初はうしろの手(右手)が強くて、ドアスイング気味でした。

高校で金属バットを使っていた弊害だったのでしょう。木のバットは芯の幅が数センチしかないのに対して、金属バットは10センチ近くあります。道具が仕事してくれるので、前の手ではなくうしろの手でぶつけるような打ち方をすると、力がある選手は飛ばせてしまうんです」

 内田さんが強打者を指導する際、レフトからライトまで広範囲に打てるようアドバイスを送る。広角に打てればヒットゾーンが広がり、相手バッテリーからの攻めにも柔軟に対応できるからだ。広角に打つために必要なのは、バットヘッドを内側から出す「インサイド」のスイング軌道である。

 内田さんはバットが外回りする鈴木に対して、内側からヘッドが出てくるように指導した。

「スタンドティーのすぐ横(左打席側)にネットを立てた状態でティーバッティングをさせたんです。アウトサイドからバットが出てくると、ネットに当たってしまう。バットを内側から出す練習をしました」

 広島は伝統的に練習が厳しいと言われる。実際に内田さんも「量で質をつくる」という考え方の持ち主だ。だが、内田さんは「カープの練習時間は決して長くない」と語る。

「1時間なら1時間と、決められた時間のなかでどれだけ量をこなせるか。

選手が飽きずに集中してやれるか。そのためにいろんなティーバッティングのドリルを用意しました。選手が弱ってきたら、コーチが発破をかける。それがカープの練習でした」

 内田さんだけでなく、多くの球団関係者が鈴木の練習量の豊富さを証言する。練習中の鈴木について印象に残っていることを聞くと、内田さんは「目力」を挙げた。

「誠也は相手の目をジーッと見て話を聞くんですけど、その時の目力がすさまじいんです。いかにも強いハートを持っている子だなと感じました。たとえ叱られても、『なにくそ』という思いが姿勢に表れてくる。こちらはいかにして、誠也に『やってやろうじゃねぇか』と思わせるかを考えていました」

 鈴木はプロ3年目の途中から一軍定着を果たし、4年目の2016年には打率.335、29本塁打、95打点と大ブレイク。鈴木の活躍ぶりを評した「神ってる」は新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた。

【誠也の負けん気があれば大丈夫】

 内田さんは愛弟子の活躍を喜ぶ一方、「日本代表の4番になるようなスラッガーになるとは思わなかった」と驚きを隠さない。

「カープは金本(知憲)がいた頃から、シーズンオフにはジムに通ってパワーをつける選手が増えていきました。誠也もウエイトトレーニングをしたことでエンジンが大きくなって、技術にパワーがついてきたのでしょう。打球スピードが上がって、打球が上がればホームランになるようになりましたから」

 アメリカ球界ではロックアウトが長期化していることもあり、現時点では鈴木の移籍先すら決まっていない。それでも、MLBでの活躍を目指す鈴木に対して、内田さんは「メジャーで成功している右打者は少ないから、ぜひとも活躍してもらいたい」とエールを送る。鈴木は活躍できると思うかと尋ねると、内田さんは少し考えてからこう答えた。

「正直に言って、今の大谷(翔平/エンゼルス)のような飛距離、パフォーマンスができるかと言えば難しいかもしれません。でも、誠也は広角に打てるし、チャンスメイクもできる。打つだけじゃなく、あれだけの強肩もあって、体の強さもある。メジャーでもいい成績は残せると思います。あとは環境に適応できるかどうか。日本にやってくる外国人選手も、だいたい言葉や食事など生活面で苦労しますから。いずれにしても、早いところ活躍してチームに溶け込むことが大事でしょうね」

 そう言ったあと、内田さんは笑って「彼の負けん気があれば大丈夫でしょう」と続けた。

 今でも鈴木とはメールなどを通して連絡を取り合う仲だ。だが、内田さんからMLBに関する話題に触れることは「一切ない」という。余計な憂いなく、野球に打ち込んでもらいたい親心なのだろう。

 それでも、鈴木について穏やかに語る内田さんの横顔からは「早く誠也からいい報告が聞きたい」という願いが滲んでいた。