クビ寸前のピッチャーが完全試合。昭和プロ野球で起きた86球のミラクル
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「令和に語る、昭和プロ野球の仕事人」 第24回 高橋善正・後編 (前編から読む>>)

 ひと味違う「昭和プロ野球人」の過去のインタビュー素材を発掘し、その真髄に迫る人気シリーズ。高橋善正(よしまさ)さんといえば、その小気味よいサイドスローが脳裏に浮かぶオールドファンも多いだろう。今シーズン、"令和の怪物"佐々木朗希(ロッテ)がNPB史上16人目の完全試合を達成したばかりだが、高橋さんは「史上12人目」でありながら、その状況は佐々木とはまったく異なるものだった。

 1966年に中央大からドラフト1位で東映入りすると、ルーキーイヤーの67年にいきなり15勝を挙げて新人王を獲得。2年目の68年も13勝を挙げたが、続く69年は3勝11敗、70年は2勝9敗と成績が急降下してしまう。自信を失い、プロ野球に見切りをつけようとするほど追い込まれたなかから、翌71年、パーフェクトの快挙達成へ。その不思議な軌跡を振り返る。

クビ寸前のピッチャーが完全試合。昭和プロ野球で起きた86球のミラクル

1971年、パーフェクト達成で胴上げされる高橋善正。後楽園球場の電光掲示板が懐かしい(写真=産経ビジュアル)

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 不調に陥った原因は69年の開幕前にあった。ランニング中、排水溝に落ちて腰を痛めたのだ。普段とは違う初めてのグラウンドで全力で走っていたため、溝に気づけなかった。今の時代なら即、登録抹消だろう。しかし開幕投手が決まっていた高橋さんは黙って調整を続けた。

「オープン戦、すごいよかったのよ。よし、今年は20勝てるなと。それが腰を壊して、どっか筋をおかしくして、投げられないわけじゃないけど、何となくしっくりこない。腰がヒュッと切れないから、ボールが全然ダメ。シュートもイメージどおりにいかない......。


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