2022年のプロ野球開幕戦で、松川虎生(市和歌山→ロッテドラフト1位)と安田悠馬(愛知大→楽天ドラフト2位)というふたりの新人捕手がスタメンに抜擢された。

 過去、ルーキー捕手の開幕スタメンは11人しかおらず、なかでも高卒新人捕手は1955年の谷本稔(八幡浜高校→大映)、2006年の炭谷銀仁朗(平安高校→西武/現・楽天)、そして松川の3人のみである。

野村克也、城島健司、甲斐拓也、そして松川虎生…なぜパ・リーグ...の画像はこちら >>

高卒ルーキーの捕手として史上3人目の開幕スタメンを果たしたロッテ・松川虎生

 なぜ新人捕手の開幕スタメンが難しいのかということについて、元ロッテの里崎智也氏は次のように語る。

「自チームの投手約30人の球種を覚えて、自らの守備、打撃を一軍レベルまでスキルアップさせるには、キャンプ、オープン戦の2カ月では足りません」

 その困難な課題をクリアしたふたりは、今後、球界を代表する「名捕手」の道を順調に歩めるのか、興味がつきない。なかでも松川は、高卒1年目とは思えない堂々としたプレーぶりが高い評価を得ており、4月10日のオリックス戦で史上16人目の完全試合を達成した佐々木朗希をリードしたことでさらに株を上げた。

セ・パで傾向はくっきり

「名捕手あるところに覇権あり」と言われて久しい。そこで巨人のV9が始まった1965年以降の名捕手を調べてみた。今回、ベストナイン、ゴールデン・グラブ賞、MVPのいずれかを計5回以上獲得しているキャッチャーを「名捕手」と定義した。もちろん、優勝経験は言うまでもなく最低条件である。

パ・リーグ

野村克也(峰山高→1954年南海テスト入団)
実働26年/3017試合/通算2901安打/657本塁打/1988打点
100試合到達=3年目(129試合)
ベストナイン19回/ゴールデングラブ賞1回/MVP5回
首位打者1回/本塁打王9回/打点王7回

梨田昌孝(浜田高→1971年近鉄ドラフト2位)
実働17年/1323試合/通算874安打/113本塁打/439打点
100試合到達=3年目(115試合)
ベストナイン3回/ゴールデングラブ26賞4回

伊東勤(熊本工高・所沢高→1981年西武ドラフト1位)
実働22年/2379試合/通算1738安打/156本塁打/811打点
100試合到達=3年目(113試合)
ベストナイン10回/ゴールデングラブ賞11回

城島健司(別府大府高→1994年ダイエードラフト1位)
実働18年/1785試合/通算1837安打/292本塁打/1006打点
100試合到達=3年目(120試合)
ベストナイン6回/ゴールデングラブ賞8回/MVP1回
※通算成績は日米通算

甲斐拓也(楊志館高→2010年ソフトバンク育成ドラフト6位)
実働8年/635試合/通算367安打/46本塁打/176打点
100試合到達=7年目(103試合)
ベストナイン2回/ゴールデングラブ賞5回
※通算成績は2021年シーズン終了時

セ・リーグ

森昌彦(県岐阜高→1955年巨人入団)
実働20年/1884試合/通算1341安打/81本塁打/582打点
100試合到達=5年目(105試合)
ベストナイン8回

木俣達彦(中京大→1964年中日入団)
実働19年/2142試合/通算1876安打/285本塁打/872打点
100試合到達=2年目(132試合)
ベストナイン5回

田淵幸一(法政大→1968年阪神ドラフト1位)
実働16年/1739試合/通算1532安打/474本塁打/1135打点
100試合到達=1年目(117試合)
ベストナイン5回/ゴールデングラブ賞2回
本塁打王1回

大矢明彦(駒澤大→1969年ヤクルトドラフト7位)
実働16年/1552試合/通算1144安打/93本塁打/479打点
100試合到達=2年目(127試合)
ベストナイン2回/ゴールデングラブ賞6回

山倉和博(早稲田大→1977年巨人ドラフト1位)
実働13年/1262試合/通算832安打/113本塁打/426打点
100試合到達=3年目(127試合)
ベストナイン3回/ゴールデングラブ賞3回/MVP1回

達川光男(東洋大→1977年広島ドラフト4位)
実働15年/1334試合/通算895安打/51本塁打/358打点
100試合到達=6年目(116試合)
ベストナイン3回/ゴールデングラブ賞3回

中尾孝義(専修大→プリンスホテル→中日1980年ドラフト1位)
実働13年/980試合/通算699安打/109本塁打/335打点
100試合到達=1年目(116試合)
ベストナイン2回/ゴールデングラブ賞2回/MVP1回

谷繁元信(江の川高校→1988年大洋ドラフト1位)
実働27年/3021試合/通算2108安打/229本塁打/1040打点
100試合到達=5年目(114試合)
ベストナイン1回/ゴールデングラブ賞6回

古田敦也(立命大→トヨタ自動車→1989年ヤクルトドラフト2位)
実働18年/2008試合/通算2097安打/217本塁打/1009打点
100試合到達=1年目(106試合)
ベストナイン9回/ゴールデングラブ賞10回/MVP2回
首位打者1回/最多安打1回

矢野燿大(東北福祉大→1990年中日ドラフト2位)
実働20年/1669試合/通算1347安打/112本塁打/570打点
100試合到達=8年目(110試合)
ベストナイン3回/ゴールデングラブ賞2回

阿部慎之助(中央大→2000年巨人ドラフト1位)
実働19年/2282試合/通算2132安打/406本塁打/1285打点
100試合到達=1年目(127試合)
ベストナイン9回/ゴールデングラブ賞4回/MVP1回
首位打者1回/打点王1回

 パ・リーグは5人中すべてが高卒なのに対し、セ・リーグは11人中9人が大学・社会人出身である。

捕手獲得のポイントは?

 かつてヤクルトでスカウトとして活躍した矢野和哉氏に捕手獲得の条件を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「優先順位をつけるのは難しいですが、やはり1に強肩、2にリード、3にバッティングとなると思います」

 捕球してから二塁到達までのタイムが、1.8~2.0秒までがいわゆる"強肩捕手"と言われているが、前出の16捕手はほとんどが強肩だった。野村は、本人が卑下するほど盗塁阻止率が悪くなったし、なにより投手のクイックモーションを編み出した。達川も地肩は強くなかったが、捕球してからのスピード、送球のコントロールに定評があった。

 リードは正解がないため比較は難しいが、矢野氏は次のように語る。

「投手中心、打者中心、状況中心の3つを組み合わせるのがリードですが、高卒捕手よりも大卒捕手のほうが、投手を慮る利他主義に一日の長があるように思います。そういう意味で、ベンチは安心して起用できるのかもしれません」

 バッティングだが、「高卒1、2年目でプロの投球を打つのは難しい」と矢野氏は言う。そして大学、社会人で強肩、強打の捕手がいれば、やはりドラフトでは人気となり、獲得は容易ではない。

 矢野氏がヤクルトのスカウト時代、こんなことがあったという。ヤクルトは古田の後釜として、中央大の後輩でもある阿部慎之助の獲得を狙っていた。肩が強く、なにより打撃が抜群で、捕手以外のポジションでも出場できるということで早い段階からマークしていたが、当時は逆指名制度があった時代。

阿部は捕手としてすぐに出場できる可能性が高かった巨人を希望した。

 そして矢野氏は、こんな興味深い持論を展開した。

「パ・リーグに高卒の名捕手が多いのは、新人獲得の予算が影響しているのではないでしょうか。今でこそパ・リーグの人気も高まっていますが、ひと昔前はどうしても人気のある選手、知名度のある選手を優先する傾向が高く、なかでも投手を優先的に指名してきました。その分、捕手に回せる予算は少なく、どうしても高校生の指名が多くなった」

 前出のパ・リーグの高卒捕手は、入団3~5年目でレギュラーになっているので、プロ1年目でレギュラーになっている大卒捕手と年齢的に大差はない。同じドラフト上位でも、大卒より高卒のほうが契約金は抑えられる。

パ・リーグが積極的に高卒捕手を指名してきたのは、そうした背景もあったのだろう。

「資金に限りがある場合、3~5年後の将来を見据えて有望選手を指名し、その選手が大活躍してくれるのはスカウト冥利につきます」(矢野氏)

 高卒出身の松川は、パ・リーグの「名捕手」の系譜を継ぐのか。これからの松川の活躍が楽しみでならない。