清水エスパルス・片山瑛一「勉強もスポーツもできるイメージがプレッシャーだった」学生の頃。親は「勉強しすぎじゃない?」とも
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文武両道の裏側 第8回
片山瑛一(清水エスパルス)前編

学業とスポーツを両立してきたアスリートに「文武両道」の意義や実践法を聞く連載企画。今回は、J1・清水エスパルスのDF片山瑛一選手にインタビュー。埼玉県の名門公立男子校から一般受験で早稲田大学に入学し、卒業後Jリーガーになった30歳の片山選手。前編では、小学生から高校生の時の「文武両道」への意識を聞いていく。

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清水エスパルスのDFとして活躍する片山瑛一 photo by S-PULSE

運動ではわりと目立っていたかな

「両親とも体育の先生というのもあって、小さい時から遊びのなかで楽しくスポーツをしていて、体を動かすことが好きでしたね。もともとボールで遊ぶのが好きで、家でもボールで遊んだりしていて。そうしたなかで両親もなにかしらスポーツをやらせたかったみたいで。ちょうど幼稚園でサッカー教室があって、年中の頃から入りました」

 埼玉県川越市で生まれ育った片山瑛一。母親は中学、父親は高校の体育教諭の片山にとって子どもの頃は、遊びがスポーツであり、スポーツが遊びだったという。

「自分で言うのもおかしいですが、運動神経はよかったほうだと思います。まぁ足が速くて、サッカーがうまい子ってモテるみたいなのってあるじゃないですか(笑)。運動ではわりと目立っていたかなと思いますね」

 そして小学生時代の片山は、サッカーだけでなく、いろいろな遊びやスポーツ、さらには勉強まで、真面目に取り組む子どもだった。

「サッカーもやっていましたし、放課後や休み時間とかは遊んだり、他のスポーツもやってみることに力を入れていました。勉強のほうも、小学生の時から基本、真面目に授業を受けていました。授業はしっかり聞いて、勉強でも遅れをとらないようにしないとなっていう気持ちで過ごしていましたね」

 サッカー以外に水泳などの習いごとをしつつ、片山は小学5年で塾にも通い始めた。地域柄、中学受験は考えていなかったそうだ。

「(中学受験は)いっさい選択肢になく、地元の市立中学校にそのまま進学するつもりでした。身近にそれほど、私立へいく人がいなかった環境というのもありますし、地元の中学校にいくんだろうなって思っていましたね。少年団で一緒にサッカーをやっていた子たちも同じ中学校に上がってサッカー部を強くしようっていう感じもあったので」


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