清原和博に「西武の4番」を奪われた秋山幸二。石毛宏典は「お前はスター選手だ。遠慮するところじゃない」と発破をかけた
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石毛宏典が語る黄金時代の西武(1)
秋山幸二 前編

 1980年代から1990年代にかけて黄金時代を築いた西武ライオンズ。1985年からの10年間で9度のリーグ優勝、6度の日本一を達成するなど、他の追随を許さない圧倒的な強さを誇った。そんな黄金時代の西武をチームリーダーとしてけん引した石毛宏典が、当時のチームメイトたちを振り返る。

 1人目は、本塁打王のタイトル経験者でありながら盗塁王にも輝き、走・攻・守でチームを支え続けた強肩強打の外野手・秋山幸二。驚異の身体能力、センターへのコンバート、新人・清原和博との4番を巡るエピソードを聞いた。

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1986年の日本シリーズ第7戦でヒーローインタビューを受ける秋山(左)と清原

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――同期で西武に入団(石毛は1980年ドラフト1位、秋山はドラフト外での入団)し、ともに主力として黄金時代のチームをけん引。石毛さんから見て、秋山さんはどんな印象の選手でしたか?

石毛宏典(以下:石毛) 私はこれまで、選手、指導者という立場でいろんな選手を見てきましたが、秋山幸二はその中でも『飛び抜けた身体能力を持つ選手』。投げる、打つ、捕るという野球のパフォーマンスもさることながら、サッカーをやらせてもうまいし、器械体操もできる。日本の野球界の歴史を遡っても、身体能力ではナンバーワンの選手だと思っています。

――均整の取れた体をしていた印象です。

石毛 近年だと、糸井嘉男(現阪神)や陽岱鋼(元日本ハム、巨人)もそうだと思いますが、秋山はとにかく惚れ惚れするような『アスリート中のアスリート』と呼べる体型で、鍛え抜かれていましたね。筋骨隆々ではないけれども、筋肉質でバランスのいい肉体という感じでした。

――秋山さんの身体能力のすごさを目の当たりにしたのは、プロ入りして最初のキャンプですか?

石毛 そうですね。昔は合同自主トレなどで、ウォーミングアップも兼ねて他のスポーツをやることもあるんですが、なんでも身のこなしがすごいし、うまいんですよ。むしろ、「野球が一番ヘタなんじゃないか?」と思ったぐらいでした。