ひと振りにかけた男たち。球史に残る名場面を演出した「代打の神様」列伝
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 栗山巧(西武)の代打サヨナラ本塁打、銀次(楽天)が代打で登場し勝負強さを発揮......「チームの顔」がベテランになって"代打の切り札"として活躍するケースは多い。ひと昔前は、立浪和義(中日)や前田智徳(広島)がその役割を担い、昨年日本一に輝いたヤクルトには川端慎吾という切り札が存在した。

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代打の切り札として1985年の阪神優勝に貢献した川藤幸三

阪神「代打の神様」の系譜

"代打の神様" "代打の切り札"と言えば、伝統的に阪神の代打陣が浮かぶ。

 まず、引退勧告を受けながら一軍最低保証金額で契約してもらい、1984年に代打でシーズン20打点を叩き出した川藤幸三。チームのムードメーカー的存在で、「浪速の春団治」の異名をとった。

 真弓明信は日本一に輝いた1985年に、打率.322、34本塁打、84打点をマーク。不動の1番打者のイメージが強いが、92年以降は代打の切り札として活躍。94年には代打として「シーズン30打点」の日本記録を樹立した。

 真弓のあと、奮闘したのが八木裕。1997年に代打率4割をマークし、翌年もシーズン序盤は代打率5割以上を記録するなど、切り札として活躍。当時の吉田義男監督から「代打の神様」と命名された。2003年にもここぞの場面で勝負強さを発揮し、チーム18年ぶりのリーグ制覇に貢献した。

 その後、桧山進次郎が代打の切り札として阪神打線を支えた。桧山は2008年に「代打の神様」に君臨し、10年には遠井吾郎を抜き、代打通算109安打の球団記録を更新した。