夏の甲子園出場をかけた地方大会が各地で始まり、7月になれば社会人野球の"真夏の祭典"「都市対抗野球大会」も開幕する。各球団のスカウトたちは秋に開催されるドラフト会議に向け、リストアップから本格的な厳選作業に入るが、彼らはどんな選手に注目し、どういったところを見ているのか。

ヤクルトの投手として通算14勝をマークし、現役引退後に11年間のスカウト生活を送った矢野和哉氏に聞いた。

元ヤクルトスカウトが明かす「選手獲得のツボ」と「野村克也が時...の画像はこちら >>

90年代にヤクルト黄金時代を築いた野村克也

「プロで伸びる選手」とは?

 石川雅規投手(ヤクルト)や岩隈久志投手(元近鉄ほか)のように、ピンチであっても感情的にならず、表情を変えずにプレーできる"マインド"。阿部慎之助選手(元巨人)や岩村明憲選手(元ヤクルトほか)のように「ここぞ」という場面で結果を出せる"勝負勘"。それらを持ち合わせているのが「プロで伸びる」選手だ。

 ただ、プロのスカウトはアマチュア選手と直接話すことができません。なので、プレーや行動を見て、選手の思考を探らなければいけないのです。

 たとえばダグアウト前で「これから逆転するぞ!」とチームメイト全員で円陣を組んだ時の目の位置。

しっかり前を見ている選手は芯の強い選手が多い。また三振したあと、どういう表情で守備位置に就くか。しっかり気持ちを切り替えられているかどうかも大事な要素です。そうしたルーティーンワークというのをとくに注視しています。

 あのイチロー選手は、ヒットでも三振でも一緒の動きをしていました。そして「打席数や四球によって変動する打率より、自分は安打数にこだわりたい」という趣旨のコメントを残していましたが、これも自分でコントロールできること、できないことの区別をしっかり理解している。

だから、どんな状況でも自分のプレーに徹することができるんです。

 技術的な話だと、投手はテイクバックのトップの時にヒジの位置が高いかどうか。そして、投げきったあとのフォロースルーで肩甲骨が回りきっているかどうか。そこがしっかり回らないと肩を痛めてしまう。あとは、踏み出す足が、体が開かないようにして投げる方向にしっかり向いているかも判断材料になります。いくらいいボールを投げているとしても、ケガの不安がある選手は獲得をためらいます。

 広島・新庄高校時代の永川勝浩投手(元広島)は、体が細くて、ストレートの球速も120キロくらいでした。それでもテイクバック時のヒジの位置は高かった。筋力がつけば面白い投手になるかもと思って見ていました。

 その後、亜細亜大に進学し、下級生のうちはまだ体力もなく、実戦での登板機会はなかったのですが、それがよかった。それから身長も伸び、体も出来上がってくると150キロのスピードが出るようになった。結局、大学では15試合ぐらいの登板でしたが、自由枠で広島に入団し、クローザーとして球団最多の165セーブをマークする投手になりました。

 打者だと、「見逃し方」に注目していました。ストレートを待っていて変化球が来た時、(右打者の場合)すぐ左肩が開いてしまうような見逃し方はよくない。いいバッターというのは、いい形をしているものです。

 トップアスリートには共通項があって、それは走る時に太ももがしっかり上がっていて、腕がよく振れている。つまり、「腸腰筋」「肩甲骨回りの筋肉」「肩のインナーマッスル」の柔軟性があるということです。投球フォームやバットスイングを見れば、この柔軟性があるかどうかがわかります。

軸足の裏から力をもらって、足首、膝、股関節、腰、胸郭、腕へと伝えていく"運動連鎖"がしっかりできている。これができる選手は成長が早いです。

野村克也がこだわった「時間厳守と挨拶」

 野村克也さんのヤクルト監督時代に「アマチュア時代に本塁打を何本打っても関係ない。他人よりも遠くに飛ばせる"長打力"、速い球、遠くに投げられる "強肩"、速く走れる"走力"を持った選手を探してこい」と言われました。

 ところが、シーズンが終わると「速い球だけじゃダメだなぁ。コントロールも併せ持った投手を連れてこい」となり、さらに次のシーズンが終わると「速い球とコントロールでもダメだった。

『これをしなさい』と指導した時にちゃんとできる選手を連れてきてくれ」となったんです。

 プロ入りすると、細かい技術の上乗せが必要になってきます。その際、技術上達のための努力をコツコツとできるか否か。野村さんは「時間厳守と挨拶」にことのほか厳しかった。言わんとすることは、「社会で一番小さなルールを守ることのできない人間が、技術上達の努力などできない」ということです。

 持っている能力も大事ですが、育ってきた環境、親の躾(しつけ)という部分も重要視していました。とくに野球は団体競技ですので、仲間と一緒に目的を達成していく対人関係スキル、コミュニケーションスキルも必要になってきます。

 ヤクルトには河端龍投手、花田真人投手という、ともにドラフト5位で獲得した選手がいました。彼らはコツコツと努力を重ね、コミュニケーション力に長けていた。決して派手な選手ではなかったが、着実に戦力になってくれました。

 河端は2001年の近鉄との日本シリーズで4試合に登板し、日本一に貢献。2004年には61試合に登板した。花田も2005年から3年連続40試合登板を果たすなど、ヤクルト投手陣を支え、佐々木主浩投手の「大魔神」ならぬ「花魔神」と呼ばれた。

 ともに潜在能力以上によくやってくれたと思うし、表現が適切かどうかわかりませんが、いい意味で期待を裏切ってくれた選手でした。プロに入って想像を超える成長を遂げてくれた選手を見ると、ほんとスカウト冥利に尽きます。