ヴィッセル神戸スポーツダイレクター
永井秀樹インタビュー後編

◆永井秀樹・前編>>「始まりは去年の最終節」「黄金期のヴェルディに似ている」

 ヴィッセル神戸のJ1初優勝に大きく貢献した永井秀樹スポーツダイレクター(SD)。大迫勇也山口蛍酒井高徳武藤嘉紀ら実力者たちを束ね、同時に本多勇喜や山川哲史などの才能を開花させるなど、手腕の光る仕事を成し遂げた。

 その一方で、チームの顔だったアンドレス・イニエスタ(現エミレーツ・クラブ)の移籍や、10分間のみの出場に終わったフアン・マタの退団など、チームを統括する立場として気になる点もある。どのような心境だったのか、ストレートに聞いた。

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永井秀樹に聞いた「なぜイニエスタは移籍した?」「マタはなぜ出...の画像はこちら >>
── 永井秀樹SDは現役時代にヴェルディ川崎、清水エスパルス、横浜フリューゲルス、横浜F・マリノスで、Jリーグの3大タイトルを獲得しました。フロントスタッフとしては初めてのタイトル獲得になりますが、どのような気持ちが沸き上がりましたか?

「現役時代の自分は、優勝して泣いたことがなかったんです。フリューゲルスにとって最後の試合となった天皇杯決勝でも、涙は出なかった。えっ、みんな、何で泣いているの、という感じで」

── プロ入り前から(中学、高校時に)日本一になってきましたから、優勝することが特別ではないキャリアでした。

「でも、今回は違いました。年齢的なものもあるのでしょうが、泣けましたねえ......優勝が決まった試合を三木谷(浩史)オーナーと見ていて、その横顔を見た時は。ピッチへ降りて選手たちとハグした時も。でも、一番泣けたのは、ファン・サポーターの方との関わりで......」

── と、言うと?

「優勝を決めたあとにホーム最終戦のセレモニーがあって、ファン・サポーターのみなさんにピッチに入ってもらい、選手、スタッフとハイタッチをしたんです。

 僕はヴィッセルへの入り方で、ファン・サポーターのみなさんにご迷惑とご心配をおかけしたので、自分がやっていいのかな......というのがあったんです。ハイタッチは遠慮して頭を下げてお礼をしたほうがいいかなと思ったんですが、小さいお子さんやお父さん、お母さんから『SD、ありがとう』と言ってもらいまして。

涙をこらえるのが大変でした」

── ファン・サポーターのみなさんが感謝を伝えた人といえば、アンドレス・イニエスタの退団に触れないわけにはいきません。永井SDにとっては、調整力が問われる局面でした。

東京ヴェルディユースの監督だった当時、彼のプレーを編集した映像を選手たちに何回見せたことか。数えきれないぐらいです。ヴィッセルで一緒に仕事ができるようになって、喜びはもちろん大きかった。

 ただ、5月で39歳になった彼にとっては、1試合、1試合がすごく大事だと思うんです。

20代前半の時とは意味合いが違います」

── 永井SDも45歳まで現役を続けたので、キャリアの晩年を迎えるイニエスタの気持ちは理解できたのでしょうね。

「クラブに対する貢献度とか、サポーターからの信頼などを考えれば、彼自身にとっても難しい決断だったと思います。ただ、チームが勝ち点を積み上げていくなかで、アンドレスがピッチに立つ機会は限られていた。もっと試合に出たいという気持ちを尊重して、双方合意での退団ということになりました」

── 三木谷オーナーの反応は? 

「現場の意見を尊重してくれました」

── オーナーは現場に介入する、と見られがちですが。

「そういうイメージがあるかもしれませんが、全然そんなことはないですよ」

── イニエスタと入れ替わるように、フアン・マタを獲得しました。

「まずは彼自身が、日本でプレーすることを望んでいました。

日本に対するリスペクトがあって、金額的にも十分に折り合いがつくものでした」

── しかし、わずか1試合、10分のみの出場に終わりました。

「5枚で引かれた相手を崩すのに苦労している時期で、アンドレスは退団している。そこで、トップ下のポジションで仕事ができる選手としての獲得でした。

 シーズンを通して何回か、そういう局面が来ると想定していました。チームはJ1優勝という結果を残してくれましたが、アジャストできなかった選手もいます。自分の仕事は勝ったからOK、というわけにはいきません」

── 今、まさに新シーズンの編成をしているところですね。

「来年はACL(アジアチャンピオンズリーグ)を、クラブを上げて取りにいきます。編成もボリュームを出して2チーム分、それも高いレベルで、ということを考えています。ケガ人が出ることなども想定するわけですが、選手を増やしすぎると監督はマネジメントが難しくなります。ローテーションをするとしても、常に出たいというのが選手心理ですから」

── ヴィッセル神戸というチームの受け止められ方については? 選手を獲得する際の交渉などは進めやすいですか?

「去年の段階では、日本人選手と交渉をしていると『オファーはうれしいし、ありがたいですけれど、これだけいい選手がいるから、自分が移籍しても出られないですよね』と言われることがありました。それがいい悪いではなく、今の選手たちはしっかりしているというか、現実的なのかなという印象を受けました」

── 選手の性格にもよるのでしょうが。

「そうですね。

今年は今まさに交渉をしているところですが、『大迫さんと一緒にプレーできたら、学ぶことが多いし、自分も成長できる』とか、『蛍さんと』とか『高徳さんと』と言われる。そこは優勝して変わったのかなと感じているところです」

── 平均年齢がやや高いでしょうか。

「そこは課題だと思っています。フロントとしては目前の勝利に集中するけれど、中長期的な視点で年齢バランスを整えていくことも、並行して考えていきます」

── もうひとつ、古巣の東京ヴェルディがJ1昇格を決めました。永井SDのかつての教え子である森田晃樹選手や谷口栄斗選手らが、中心選手としてチームを支えました。

「ユースの監督当時に『ヴェルディを再建するのはお前たちだぞ』と、毎日のように話していました。満点の解答で応えてくれたわけです。彼らの成長した姿を見るのは、シンプルにうれしかったですね。

 森田はキャプテン向きのタイプじゃないですが、ユースの時にあえて抜擢しました。そうすることに意味があると思ったし、今シーズンはキャプテンを任されていましたから、結果的によかったのかなと」

── 谷口選手については?

「彼はユースからトップへ昇格させることができなかった。自分はもちろん推したし、本人も上がることを望んでいたけれど、編成からできないと言われてしまって。それを告げた時、谷口は1時間ぐらい泣いていた。

 あの涙は、今でも忘れられないです。ホントに上がりたいという気持ちを、叶えてあげられなかった。自分も泣きたいぐらいでしたけど、大澤(英雄)先生に相談をして国士舘大学へ進むことになって」

── 永井SDの母校ですね。

「大澤先生も『4年間、みっちり鍛えて戻すからな』と言ってくれて。少し遠回りはしたかもしれないけど、谷口にとってはよかったと思うんです」

── 最後に、新シーズンへ向けての思いを。

「2023年のJ1優勝はゴールではなく、ここから常勝チームとなっていくように。そのためにやるべきことを、スピード感を持って進めていきます」

<了>


【profile】
永井秀樹(ながい・ひでき)
1971年1月26日生まれ、大分県大分市出身。長崎・国見高から国士舘大(中退)を経て1992年にヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)に入団。その後、福岡ブルックス(現・アビスパ福岡)→清水エスパルス→横浜フリューゲルス→横浜F・マリノス→大分トリニータFC琉球でプレーして2016年に現役を引退。指導者として2017年から東京Vユース監督からスタートし、2019年から2021年まで東京V監督を務めた。2022年3月よりヴィッセル神戸SDの職に就く。現役時代のポジション=MF。身長174cm。J1リーグ通算191試合32得点。