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伊藤華英×柳原真緒 対談インタビュー 後編

 ガールズケイリン界をけん引するひとり、柳原真緒選手と、元競泳選手の伊藤華英さんのインタビュー。生理の課題について語り合った前編に続き、後編では競技に関する悩みや、レース前の駆け引き、コンディションづくりについて話に花が咲いた。

対談インタビュー前編「アスリートの生理の課題」はこちら>>

【みんなのために走りたい】

――柳原選手はもともと陸上のやり投げの選手として活躍された後、競輪選手になりました。競技はまったく違いますが、アスリートが抱える悩みも変わるものでしょうか。

柳原 競輪はスポーツでありつつも、ギャンブルの駒なので、意識の部分で大きく違います。ファンのみなさんに賭けられているというプレッシャーもあって、ひとりじゃないという気持ちがすごく大きいですね。

伊藤 競技に集中して自分ひとりで頑張るのと、みんなの思いがかかった状態で頑張るのとでは、どちらがいいと感じていますか。

柳原 自分のために頑張るよりは、みんなのため、ファンのために頑張るほうが、自分には向いているのかなと競輪をやってみて感じました。自分のためだけにやると、自己責任になるので、自分の場合は逃げてしまう可能性もあるのかなと思っています。

――さきほど「ギャンブルの駒」という言葉がありましたが、「ギャンブルの駒」として走ることに、どのくらいの時期に折り合いがつきましたか。

柳原 勝ち続けてからですね。そのあたりから賭けられていることの大切さに気づいたところはあります。

伊藤 反響があるんですか。

柳原 ファンから「ありがとー」と言われるので、それがうれしいですね。勝っていないと、それも言われないので。

伊藤 確かにみんなが喜んでくれると、それは大きなモチベーションになりますよね。勝ち続けるのは本当に大変だと思いますが、競輪は体力的に相当きついですよね。

柳原 体力がないと、ゴール前でちょっと接触するだけで転んでしまいますね。バランスを保てないんです。

伊藤 乳酸に耐える体を作ることが大切なんですね。運動直後に採血すればすぐに数値を計れますが、計ったことはありますか。

柳原 計ったことはないです。自分たちは脚の痛さで計ってます(笑)。

【レース前の駆け引き】

伊藤 競輪場の裏側はなかなか私たちにとってはわからない部分が多いのですが、レース前はどんな雰囲気なのでしょうか。

柳原 招集所があって、そこに20~25分くらい前に行くことになっています。出走する7選手がそこでそろうんですが、よくしゃべる選手と、まったくしゃべらない選手に分かれますね。

伊藤 それは競泳と同じなんですね。私はずっとしゃべっているほうでした(笑)。

柳原 自分は逆でずっとヘッドフォンをして集中しているほうです。

伊藤 私はみんなに「どんなレースをするの?」と聞いてリサーチしていました。最初、背泳ぎをやっていたんですけど、招集所はいつもにぎやかだったんですね。それから私は自由形に転向したんですけど、そうしたら自由形の招集所がにぎやかになって、逆に背泳ぎが静かになったと(笑)。自由形の後輩からは「華英さん、しゃべりすぎ」と言われました(笑)

柳原 めちゃくちゃ迷惑(爆笑)。

伊藤 私は意図的に話しかけていて、勝つためには大事なことだなと感じていました。周りの選手に「前半は何秒で行くの?」などと聞きながら、自分がどうレースをするか決めていました。そういう会話が嫌な選手は、ギリギリに来ていましたね。

――逆に柳原選手が周りに声を掛ける側に回ることはあるんですか。

柳原 レース直前ではなくて、開催1日前の前検日から、周りの選手に話しかけるように心掛けています。その時にはなるべく自分が上に立つような会話にしようと思っています。相手のペースで会話が進むと、レースでもその選手のペースになってしまうことがありますので。

伊藤 そういうはありますね。レースに向けての駆け引きは本当に大変です。

柳原 発する言葉で調子を読み取ったりもしますよね。この選手は、今回ちょっと弱気だなとかがわかってきます。

伊藤 いろいろな駆け引きがありますよね。相手が質問してきても、素直に答えないようにするとか。

柳原 調子が悪い時に、調子よく見せる方法はあるんですか。

伊藤 普段どおりを装うことです。しゃべる量が減っていることを気づかされないようにすることはありましたね。

競輪、競泳で共通する招集所の雰囲気 柳原真緒が「めちゃくちゃ迷惑」と爆笑した伊藤華英の駆け引きとは
現役時代の経験を語る伊藤さん photo by Noto Sunao(a presto)

【80%の力で勝てるように】

――コンディションづくりは全部自分でやっているんですか。

柳原 自分でトレーナーさんを決めることはできますが、チームを持つようなことはできないので、結局自分でやるしかないんですよね。より集中できるように、自宅は練習場の近くにしていますし、自宅にも練習できる場所を作っています。

伊藤 それはすごいですね。競泳選手のコンディションづくりで言うと、大事な大会の約1カ月前からピーキングをして、照準を合わせていました。

柳原 自分のなかで、今の時期はこの練習が適しているなという感覚があるんでしょうか。

伊藤 コーチがメニューを決めていますが、自分のなかでも、そろそろこのトレーニングだなという感覚はありました。

柳原 自分の感覚とコーチのメニューが一致してくるんですね。

伊藤 そうですね。この練習でこのタイムでこのストロークでいかないと、1か月後に結果は出ないなというのはだいたいわかります。練習も勝負という感覚でしたので、ここで勝てないと本番では勝てないと考えていましたね。

競輪、競泳で共通する招集所の雰囲気 柳原真緒が「めちゃくちゃ迷惑」と爆笑した伊藤華英の駆け引きとは
ガールズケイリン界のスター選手のひとり、柳原選手 photo by Yasuda Kenji

――コンディションの面で言うと、競輪選手はレースがモーニングからミッドナイトまで、つまり朝から夜遅くまで開催時間があります。生理に関しても、この部分で悩むことはありますか。

柳原 朝8時半に走るレースもあれば、夜中11時に走るレースもあるので、生理によって気分の浮き沈みがあるのか、自律神経の乱れなどで、コンディションが悪いのか、どちらが影響しているのか、わからないことはあります。だからコンディションが上がらないなかで走ることは結構あります。

伊藤 プロになると、実力を上げて80%の力でも勝てるようにしておきたいですよね。いつも100%を出せる状態であればいいでしょうけど、そうできない時もありますから。

柳原 賞金ランキングで上位に入るようになってからは、それができるようになってきました。毎回100%を出さないと勝てないという状態は、体力的にも精神的にも結構きつかったです。その状態から抜け出すのが難しかったですね。今は上位を狙える位置にいるので、目標設定を改めてし直して、再びガールズグランプリに出場したいですね。

【Profile】
伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。

2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を取得した。現、全日本柔道連盟ブランディング戦略推進特別委員会副委員長、日本卓球協会理事。

柳原真緒(やなぎはら・まお)
1997年5月18日生まれ、福井県出身。身長164cm、体重68kg。中学・高校と陸上競技の投てきに励み、高2で日本ユース陸上競技選手権大会JOCカップ砲丸投げ5位、高3で国民体育大会やり投げ4位と好成績を残した。ケガの影響もあって自転車競技に転向して実績を積み、日本競輪学校(現日本競輪選手養成所)に入学。2018年、21歳の時にデビューし、翌年からガールズケイリン特別レースに出走。2022年にガールズケイリンコレクションいわき平ステージで優勝すると、その年末のガールズグランプリ2022で初出場・初優勝の快挙を成し遂げる。

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