昨今、盗塁王のタイトルは30個前後で決着することが多いが、今年は周東佑京(ソフトバンク)の33盗塁(8月11日現在/以下同)を除き、全体的に盗塁数は減少傾向にある。NPB歴代9位タイの通算381盗塁を誇る赤星憲広氏に現在のプロ野球の「盗塁事情」について語ってもらった。
【盗塁数減少の理由】
── 近年、なぜ盗塁が減ってきたのでしょうか?
赤星 投手のクイックモーションの精度が上がっていることがひとつ。また、野球の戦術が変わってきていることも要因だと思います。盗塁成功率が7割を超えないと、得点の確率が下がってしまいます。捕手の盗塁阻止率が上がっていることもあり、無理に走らせないというチームが増えているのかもしれません。
── 送りバントも増えていません。
赤星 犠牲バントは、1アウトを相手に献上してしまいます。バントで送って一死二塁にしても、得点の確率はそんなに高くないことがデータで示されています。MLBの大谷翔平を見てもわかるように、最近は強打者が2番に入ることが増え、ヒットエンドランを含めた"強行策"になってきたことが、盗塁数減少の要因として挙げられます。ただ、今年のようなヒットが続かない「投高打低」が顕著なシーズンこそ、状況を打開する盗塁は有効な戦略だと思います。
── チーム的に見ていかがですか?
赤星 セ・リーグは、巨人とDeNAが、パ・リーグはソフトバンクと日本ハムがチーム盗塁数を増やしています。なかでも巨人は犠打数も増えています。巨人の阿部慎之助監督が、盗塁や犠打で得点圏に走者を進め、一本にかけるという野球を進めていることがデータから見てもわかります。
── 60盗塁以上の盗塁王は、セ・リーグでは2005年の赤星さん、パ・リーグでは2011年の本多雄一さん(ソフトバンク)以来出ていません。今年は周東佑京選手(ソフトバンク)が60盗塁のチャンスです。
赤星 昨年まで5年連続チーム盗塁数1位だった阪神においても、タイトル獲得者だった近本光司が15盗塁、中野拓夢が6盗塁と伸びていません。とくにセ・リーグは2ケタ盗塁している選手が4人しかいません。パ・リーグは2ケタ盗塁している選手は8人おり、周東のほか小深田大翔、小郷裕哉(ともに楽天)が20盗塁以上を記録しています。
── 二塁盗塁は「投球→捕手送球→二塁到達」との「3秒の攻防」と言われます。赤星さんが勝負してみたい投手はいますか?
赤星 私は投手のクイックモーションのタイムをよく測ります。全体的にクイックの精度、速さは向上しましたが、私の時代の浅尾拓也投手と谷繁元信さんのような盗塁阻止に優れたバッテリーは、今のプロ野球には見当たりません。それこそ、牧秀悟(DeNA)がセ・リーグ5位タイの9盗塁をしているように、意欲さえあれば走れるということです。
【山本祐大と田宮裕涼のすごさ】
── 赤星さんの現役時代は古田敦也さん、谷繁元信さん、中村武志さんといった強肩捕手がいました。今、赤星さんが勝負してみたい捕手はいますか。
赤星 「甲斐キャノン」の甲斐拓也(ソフトバンク)は有名ですが、それ以外となると、DeNAの山本祐大と日本ハムの田宮裕涼のふたりでしょうか。
── 山本選手と田宮選手はともに強肩ですが、捕手としてどのあたりがすごいのでしょうか。
赤星 山本は盗塁阻止率が4割を超えています。田宮は捕ってからのステップが速く、送球の軌道がすばらしい。送球の正確性を含めた総合力は、谷繁さんや古田さんのほうが上ですが、地肩の強さだけならふたりは勝るとも劣りません。ただ、盗塁阻止は投手との共同作業です。投手がモーションを盗まれてしまえば、どんなに捕手がすばらしくてもランナーを刺せませんから。
── 赤星さんの時代は、中日の荒木雅博さんや横浜の石井琢朗さんなど、ライバルが多く存在しました。現在は盗塁自体が少なくなり、スリリングなシーンも減少した印象を受けます。
赤星 ただ、本塁での衝突を防ぐ「コリジョン」ルールができた分、走者と外野手の勝負が見られるようになりました。かつては本塁での捕手のブロックがありましたので、三塁コーチは走者を本塁に突入させることを躊躇しました。しかし、現在は本塁に回り込まなくてもいい分、コーチは腕を回します。私の時代は中日の外野陣、英智、アレックス・オチョア、福留孝介と勝負しましたが、現在なら間違いなく万波中正(日本ハム)の強肩が魅力的ですね。周東と万波の本塁での攻防は見応えがあります。
【大谷翔平がメジャーで盗塁量産の理由】
── 大谷翔平選手(ドジャース)は投打二刀流もさることながら、盗塁、走塁も積極的です。
赤星 彼は今シーズンを含め、メジャーで20盗塁以上を3回記録しています。まずスタートに関して、思いきりがすごくいい。今春のキャンプでも、スタートの練習を積極的にしていました。体が大きくて歩幅の広いストライド走法の割には、トップスピードに達するまでが早い。少し前の糸井嘉男のようなタイプです。塁間の約27メートルを、私は13~14歩のところ、大谷は11~12歩ですからね。
── 大谷選手は二塁盗塁時、打者を見ないことが多いように思えます。
赤星 走れたら行けという「グリーンライト」ではなく、絶対に行けという「ディスボール」のサインかもしれないですね。
── 大谷投手がどれだけ盗塁数を伸ばすのか、今後楽しみです。
赤星 メジャーは強肩の捕手はいますが、投手のクイック技術は日本のほうが上ですので、今後は「50本塁打、40盗塁」は期待したいですね。
赤星憲広(あかほし・のりひろ)/1976年4月10日、愛知県出身。