山中慎介インタビュー 後編
(前編:井上尚弥の次戦を予想 ファンが望む中谷潤人との対決は「想像するだけでも楽しい」>>)
2024年7月20日の両国国技館、那須川天心がジョナサン・ロドリゲスを3ラウンドKOで下した。スピードとディフェンスに加え、体重の乗ったパンチで相手を圧倒。
ボクシングファンのみならず、キックボクシング、格闘技ファンも注目の対決は果たして実現するのか。天心の前戦の振り返りとそこで見えた進化、9月3日の武居の次戦について山中慎介氏に聞いた。
※現在のバンタム級王者・・・WBA:井上拓真(大橋)、WBC:中谷潤人(M・T)、WBO:武居由樹(大橋)、IBF:西田凌佑(六島)
【迫力とすごみが増した天心のパンチ】
――天心選手は、WBA世界バンタム級4位だったロドリゲス選手を3ラウンドでKOしました。この一戦をどう見ましたか?
「ロドリゲスの実力を疑う声もあるようですが、それよりも天心の確かな実力を証明する内容だった思います。しっかりと踏み込んでパンチを打っていましたし、もともと能力が高かったスピードとディフェンスに加えて、パンチの迫力やすごみが増したのを感じました」
――重心が低くなった印象もあります。
「ひとつ前の試合、ルイス・ロブレス戦(3ラウンド終了時、ロブレスの棄権によりTKO)でも、重心を下げて攻撃的な姿勢を見せていました。今回はさらに踏みが鋭く、前の足に体重を乗せてパンチを打っていた。僕も現役時代はそうだったのですが、しっかり打ち込むと体勢が少し前側に傾きます。天心もそうなっていましたね。
天心は左ストレートを打つ際に、後ろの足がマットから離れていた。これまでは、前の足に体重を乗せ切ることなく戻していた印象ですが、今回はしっかり乗せて打ち抜いていました」
――これまではパンチを引くのが速く、打ったあとにすぐに動く感じでした。
「そうですね。
――ロドリゲス戦は攻撃的でしたが、ディフェンスでも危険な場面はありませんでしたね。
「常に攻める姿勢を保ちながら、相手のパンチにはしっかり反応できていました。試合を重ねるごとにうまくなっていますし、今回の試合内容は文句のつけようがありません」
【"神の左"も絶賛のワンツー】
――3ラウンド目のフィニッシュにつながるワンツーを叩き込んだ場面、天心選手がジャブを打った際に、相手の前足の内側にステップインしたのが印象的でした。
「あのワンツーは僕もやっていましたね。オーソドックスの相手に、内側にしっかり踏み込んで左ストレートを当てる。自分のタイミングで打ち込めたらカウンターをもらわない自信があったので、鋭く踏み込んで勝負にいっていました」
――天心選手の左ストレートも、一瞬の踏み込みからの体重が乗ったパンチでした。
「あんなパンチが出せるのか、と驚くほど見事なワンツーでした。帝拳ジムで何度かスパーリングを見ましたが、あの打ち方はあまりやっていなかったように思います。今回は特にスパーリングパートナーも強かったようですから、簡単にはできなかったのかもしれませんが」
――試合中のひらめきで打っている可能性もありますか?
「その可能性もありますね。自信がついてきたこともあるでしょう。相手の懐に入るタイミングもそうですが、入った時に『いける』という感覚があるんじゃないかと。キックボクシング時代から、そういった感覚を持っているんでしょうね」
――同じサウスポーで、"神の左"と称された山中さんから見ても、あのワンツーの評価は高いのですね。
「その時の天心の後ろ姿を見て、僕が現役だった時の8度目の防衛戦、ディエゴ・サンティリャン戦(2015年。
――左ストレートを当てたあと、下がるロドリゲス選手を追いながらパンチを畳みかける流れが、とても冷静に見えました。
「前にいき過ぎず離れ過ぎず、いい距離感での連打でしたね。慌てることなく相手の動きを見極めて、ガードの隙間を狙って効果的にパンチを打っていました。仮に相手がパンチを返してきても、反応できていたはずです」
――天心選手がさらに完成度を高めるとしたら、どんなことが必要だと思いますか?
「すでにスタイルは確立されているので、それを高めていくだけだと思います。長谷川(穂積)さんも言っていたのですが、この先に苦戦することがあったとしても、それを乗り越えることでより強くなるでしょう」
――天心選手は試合前、「短距離、中距離、長距離、すべて(練習で)やったんで、ちょっと迷うこともあった」とコメントしていました。山中さんがジムで見た時、そんな様子はありましたか?
「本当に細かい部分まで考えながら練習に取り組む選手ですから、思うように動けていないと感じていたのかもしれません。本田明彦会長も『今、ちょっと苦労してる時期』と言っていました。もちろん試合では、いい状態に仕上がっていましたが」
――天心選手はこの先、日本王座は同じ帝拳ジムの増田陸選手が保持しているため、東洋太平洋かWBOアジア・パシフィックのタイトルを狙うことになるでしょうか?
「天心はアジア・パシフィックで1位にランクインしていて、その王座は空位。一方で東洋太平洋王者の栗原慶太は、前戦(ノンタイトル8回戦)で判定勝ちしましたが、自らマイクで謝罪するほど出来はよくなかったですね。天心サイドがそのあたりをどう判断するかはわかりませんが、どう動くのか注目です」
――世界が見えるところまで、一気に駆け上がってきましたね。
「ボクシングデビュー(2023年4月8日)から1年ちょっと。やっぱり"神童"ですね。天才的な才能がありますよ」
【武居の次戦、比嘉との試合はどうなる?】
――将来的に最も盛り上がりそうなカードは、武居選手との試合になるかと思います。武居選手が所属する大橋ジムの大橋秀行会長や八重樫東トレーナーも天心選手の名前を出すなど、少しずつ対決への機運が高まっているように感じます。
「そのカードは間違いなく盛り上がるでしょう。ボクシングファンだけでなく、昔からふたりを応援しているキックボクシングファンにとっても興味深いはずです」
――武居選手は、WBO世界バンタム級タイトルマッチ(9月3日、東京・有明アリーナ)で同級1位の比嘉大吾選手と初防衛戦を行ないます。
「比嘉が(2020年に)バンタム級に上げた時は、フライ級の時のように相手との体格差を活かすことができなくなるので最初は厳しいかな、と思っていました。でも、馴染んできたように見えますね」
――比嘉選手は4連勝中で、直近2試合はKOで勝利しています。
「バンタム級に上げてからの2戦目、西田凌佑(現IBF世界バンタム級王者)に敗れてWBOアジア・パシフィック王座を失いましたが、そのあとはしっかりと結果を出して、バンタム級での自信もついてきたでしょう。今回の世界タイトル挑戦は、比嘉にとっていいタイミングだと思います」
―― 一方の武居選手は、5月にジェイソン・モロニー選手に勝ってWBOの世界王座を獲得しました。
「その試合は最終ラウンドでピンチもありましたが、長いラウンドを経験したことで、終盤までの集中力やスタミナの重要性もわかったはずです。それを東京ドームの大舞台で経験できたのは非常に大きいと思います」
――勝負のポイントはなんでしょうか?
「比嘉がサウスポーの武居を相手に、どれだけ自分の距離に入って打ち込めるかですね。
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。