プロボクサー・坂井優太インタビュー後編
周囲の期待どおり、バンタム級6回戦で圧巻の2回TKOで6月25日にプロデビューを飾った坂井優太。世界4団体スーパーバンタム級統一王者の井上尚弥が所属する大橋ボクシングジムの大型新人である。
前編「坂井優太が『打たせず打つ』のスタイルを確立させた少年時代」〉〉〉
【反骨心と謙虚さで世界ユース制覇】
『モンスター2世』と呼ばれる3年前の話である。2021年、西宮香風高校に入学した1年生の坂井優太はインターハイ予選に向けて、粛々と準備を進めていた。周囲の前評判は、決して芳しいものではなかったという。
「全国大会ではなく、『地方大会で優勝できない』と言われていましたから」
ほとんどの公式戦が中止となった空白の1年。まだ何者でもなかったサウスポーはコロナ禍の自粛期間中、父親の伸克さんと地道に練習を重ね、大きく成長していた。近畿大会のバンタム級で優勝を飾ると、勢いそのままに全国制覇。地元のメディアにも取り上げられ、一躍脚光を浴びた。原動力となったのは反骨心である。
「いつも『あいつは弱い』と言われてきたので、見返してやるぞという思いはめちゃくちゃありました。それが僕の原点と言ってもいいくらいです」
幼少期から二人三脚で歩んできた父親とのトレーニングは高校でも継続し、1年時、2年時と夏のインターハイで2連覇を達成。
「坂井は外国人選手には勝てない」
厳しい声が聞こえてくるたびに「必ず乗り越えてやる」と自らに言い聞かせ、練習に打ち込んだ。そして、迎えた世界ユース選手権。父親には「ここで勝てば、人生が変わるぞ」とハッパをかけられ、海外の実力者たちが集まる世界大会で見事に金メダルを獲得。日本ボクシング史上3人目の快挙を成し遂げた。それまでは目の前の相手に勝つことだけを考えてきたが、大きな目標ができたという。
「夢はオリンピックの金メダルでした。世界ユースで優勝した時に、僕はアマチュアのほうが勝てる確率が高いと思ったので。あの時点では、プロへの転向はまったく考えていなかったんです」
かつては「弱い」と揶揄された男も、気づけば世代のトップランナー。圧倒的な結果を残して周囲を見返すことができたものの、謙虚さを忘れることはなかった。
「勝ち続ければ、自分は強いんだ、と思い込んでしまいますが、慢心が一番ダメ。
【井上尚弥からの言葉で覚悟を決めた】
「その時、(井上)尚弥さんと一緒に練習させてもらったんです。僕がこれまで一度も感じたことのない空気感、雰囲気がありました。集中力が違いました。
坂井の覚悟とは言わずもがな。世界チャンピオンになることだ。
「そこは絶対です。そこにたどり着かないと、成功とは言えません」
当然、幼い頃からキャリアをともに歩んできた父親にも、プロ転向への意思を伝えた。
「父からは『まず1週間は考えろ』と言われました。人生を懸けることなので、しっかり時間をかけて答えを出しなさいと。その場ではうなずきましたが、僕の心はすでに決まっていました」
坂井のプロ入りは、父親の人生も左右することだった。伸克さんは父親でもあり、何があっても変わらず信頼を寄せてきたトレーナー。アマチュアで結果を残し続けていたこともあり、その関係を変えたくはなかった。
「僕はお願いする立場でした。ふたりでここまでやってきたので、プロでも選手とトレーナーとして一緒にやりたいって。僕が生半可な気持ちであれば、父の人生も狂ってしまいます。いろいろなものを背負って、プロ転向を決断しました。だから、僕は絶対に成功しないといけないんです。父親も『成功させる』と言ってくれているので、その思いにも応えたい」
高校卒業後は父子で上京し、ふたり暮らし。自営業の伸克さんは週4日、横浜のジムで息子のトレーナーを務め、残りの3日は兵庫に戻って仕事をこなす日々だ。いまも毎朝、公園でトレーニングに付き合い、夕方からはジムで指導している。ただ、基本的にミットを持つのは元ロンドン五輪代表の鈴木康弘トレーナー。静かに腕組みしながら息子のパンチと動きをチェックし、しばらくすると、別の選手のトレーニングにも目を向ける。
「私は午前中からずっと一緒ですから。ほかのトレーナーさんにも見てもらえれば、吸収できるものもまた違います。
【父・伸克さんへの感謝と井上父子への憧憬】
「ボクシングは教材のひとつでした。人間形成の一貫です。試合に勝つこと、負けることで学べることもありますから。僕が勧めたことをいまも続けているので、息子に必要とされるうちは付き合っていきたいですね」(父・伸克さん)
父の思いは、息子もひしひしと感じている。父子鷹の絆は強い。2歳の時に両親が離婚し、男手ひとつで育てられてきたのだ。子どもはひとりではない。
「父ひとりで子ども3人を育てるのは大変だったと思います。普通の家のように愛情を注ぐのは難しかったかもしれないけど、ボクシングを通じて、父から多くのことを学びました。一緒に悔しい思いをしたし、うれしい思いもしてきたので。お互いが信じていれば、父子鷹でも問題ない。言葉では説明できない信頼関係がありますから」
理想の父子鷹は、間近で見ている。5月6日、熱狂の渦に包まれた東京ドームで井上尚弥と父の真吾さんがリング上で抱き合って喜ぶ姿には胸が熱くなった。
「僕らもあんなふうに成功をつかみたいなと思いました」
井上尚弥はまだ雲の上の存在ではあるが、いつまでもそのままでいるつもりはない。坂井はまっすぐと前を向き、はっきり言う。
「絶対に超えていきたい。超えられるかどうかわかりませんが、プロとして、その気持ちは持っていないとダメだと思っています」
野心を隠さない19歳の言葉には、力がこもる。1年前に井上から譲り受けた黒いグローブはすっかり使い込まれ、そろそろ替えどきのようだ。「これで、いつも練習しているので」とはにかんでいた。モンスターに、ただ憧れているだけではない。坂井親子の大きな挑戦は、まだ始まったばかりだ。
(終わり)
【Profile】坂井優太(さかい・ゆうた)/2005年5月27日生まれ、兵庫県出身。身長173cm。幼少期から父・伸克さんの手ほどきを受けながら独学でボクシングを始め、西宮香風高に入学すると1年目から2年連続インターハイ制覇など高校6冠、2年時には世界ユース選手権優勝を果し、トップアマとしての地位を築く。大橋ジムからの誘いをきっかけに、プロ入りを決断。2024年6月25日に2回TKOでプロデビューを果たした。
次戦は10月17日(木)、後楽園ホールにて「Lemino BOXING PHOENIX BATLLE 123」8回戦vs.対戦相手未定。