カナダ・メキシコ・アメリカ合衆国の3カ国共催による2026年ワールドカップのアジア最終予選が幕を開けた。9月5日に行なわれた初戦のホーム(埼玉スタジアム)で中国に大勝した日本は、すぐさま中東へ。

4日後の9月10日(現地時間)、アウェーでバーレーンと対戦した。

 結果は、中国戦の7-0に続くゴールラッシュで5-0。開幕2連勝と幸先のいいスタートを切った。DAZNの解説者として現地に飛んだ佐藤寿人氏は、どのような角度でバーレーン戦を取材したのか。ピッチから間近で見た日本代表のプレーを独自の視点で語ってくれた。

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佐藤寿人が語るワールドカップ最終予選・バーレーン戦の裏話「芝...の画像はこちら >>
 結果的には5-0の大勝でしたが、前半はバーレーンのコンパクトな守備と、時折見せるカウンターにちょっとした怖さがあったので、中国戦とは違った部分はあったと思います。

 大きかったのは、やはり先制点ですね。アウェーの独特な雰囲気のなかで、やりづらさもあったと思います。

 しかも、押し込みながらも決定的なチャンスはなかなか作れず、もどかしい状況になっていました。焦りが生じかねない展開のなかで、PKとはいえ、あの1点が入ったことで精神的にラクになったと思います。

 最もインパクトを感じられたのは、上田綺世の2点目でした。下がりながらコントロールして、腰をグッとひねって逆サイドに決めましたからね。

 かなり難易度の高いゴールでしたし、時間帯的にも相手の心をへし折るようなゴールだったと思います。実際にあの得点のあとからバーレーンのモチベーションが低下していったように、ピッチレベルからも感じられました。

 この日の試合は入場料が無料ということもあって、スタジアムはほぼ満員でした。日本を倒したいという思いは、バーレーンの選手たちだけではなく、スタンドの雰囲気からもひしひしと伝わってきました。

 僕自身もバーレーンでのアウェーゲームを経験したことがありますが、暑さも湿気もありますし、中東ならではの独特の雰囲気はやはりやりづらいものです。そのなかで、アウェーのプレッシャーは試合前から感じられました。日本の国歌斉唱の時にバーレーンのサポーターがブーイングをしていたんです。普通はありえないことだったので、ちょっと驚きましたね。

【後半から中継で声が届かなかった理由】

 バーレーンのサポーターとすれば、アウェーでオーストラリアに勝っている(1-0)こともあって、日本にも勝てるという思いがあったと思います。ブーイングだけではなく、上田のPKの際にレーザーポインターで妨害する行為もありました。

 その行為は決していいことではありませんが、ワールドカップ初出場に向けての強い思いが彼らの行動に表われていたのかなと思います。それくらいの圧力は感じられました。

 ちなみにハーフタイムの時に、僕はピッチのサイドを変えるために移動していたんですが、その時に僕もレーザーポインターを浴びせられました。

僕を狙ったのかはわからないのですが、そういう行為は確実にありました。

 さらに言えば、試合前日にも日本はアウェーの洗礼を浴びています。前日の公式練習で僕がピッチレベルに降りた時に、「ちょっと芝生が深いな」と感じたんです。そして当日に再び降りたら、明らかに短くなっていました。

 関係者に聞くと、前日は33ミリだったのが、26ミリまで刈られていたということでした。普通、公式練習は当日と同じ環境でやるものなのですが、芝生の長さを変えることで揺さぶりをかけてきたのではないでしょうか。

 結果的に、日本にとっては芝生が短いほうがやりやすかったと思いますが、ボールがどれだけ走るかっていうのは選手たちも前日にかなり確認していたので、当日はちょっと戸惑った部分もあったと思います。

 感覚的な影響を一番受けるのは、シュートの場面。打つ時の踏み込み方は、芝生の深さによって変わってくるので、違和感はあったはずです。

 僕はこの試合でDAZNのピッチ解説をしていたのですが、ある瞬間から突然、回線の影響でスタジオとのやり取りができなくなってしまいました。それは上田の2点目が入ってからです。

 なぜかというと、勝利をあきらめた観客がぞろぞろと帰りはじめたからなんです。

おそらく、彼らが一斉に携帯で連絡を取りはじめたんでしょうね。その影響で通信環境が悪くなり、3点目が入った時にはまるで音声が聞こえなくなりました。

 中継を見ていた方のなかには、「寿人は途中からしゃべらなくなったな」と思った方もいらっしゃったかもしれないですが、実はそういう舞台裏があったんです。これも、日本が強すぎたことによる弊害だったのかもしれません。気づいたら、満員だったスタンドの観客数が半分以下になっていました。

【大きかった長谷部誠コーチの存在】

 試合後には選手たちにインタビューをさせてもらいましたが、やはり前半はバーレーンのコンパクトな守備に対して難しいと感じていた部分はあったと思います。それでも簡単な試合にはならないということは想定内で、我慢強くやり続けることは共通意識としてあったのではないでしょうか。選手たちの言葉を聞いて、あらためて感じることができました。

 また、今回からチームに入った長谷部誠コーチの存在も大きかったように思います。

 今回の2試合では27人が選ばれ、結果的に同じ4人が2試合ともにメンバー外になりました。代表の活動のなかでは、試合に出たメンバーと、出場時間が短かったメンバーと、まったく試合に出ていないメンバーとでは、トレーニングのメニューが変わってきます。その試合に出ていない選手のところに長谷部コーチが入って、一緒にウォーミングアップを行なったり、練習をしていたんですね。

 代表選手は「自分が力になりたい」という想いで集まってきているので、それができないとメンタル的に難しくなります。

でも、あれだけ経験のあるコーチが活動をともにしてくれると、精神的な安定が担保されるのではないでしょうか。

 森保監督はこれまで、ターンオーバーを活用するマネジメントをしてきましたけど、今回の2試合ではスタメンをひとりしか変えませんでした。つまり、試合に出られない選手が多くなるわけですが、そうしたマネジメントができたのも、長谷部コーチの存在があったからだと思います。

 同じことは、長友佑都にも言えます。彼は2試合ともにベンチ外となりましたが、前日練習を見ても盛り立て役を担っていましたし、試合に出られていない選手のトレーニングでも、彼がその質を格段に上げていました。

 試合に出ていない選手たちはどうしても士気が下がってしまうものですが、長友がいたことで活気は失われていませんでした。これまでの代表のなかでも、トレーニングのクオリティが群を抜いて高かったっていうのは、代表スタッフの方もおっしゃっていましたね。

【盛り立て役を買って出た長友佑都】

 集合と解散を繰り返す代表チームでは、1回1回のトレーニングがすごく大事です。短い準備期間のなかで試合がやってくることを考えると、選手たちは常に気持ちを高めていないといけない。

 スタメンの選手だけではなく、途中から出る選手でも、たとえ試合に出られなくても、その部分は求められるんですが、誰もが同じモチベーションで準備をすることは難しいことだと思います。

 でも、今回の代表チームを外から見たなかで、選手のモチベーションのギャップというものはあまり感じられなかった。実際に途中から出た選手がスムーズにゲームに入り、結果も出していましたから。

 チームの雰囲気とその成果を見るかぎり、長谷部コーチと長友のふたりの存在はやはり大きかったと思います。


【profile】
佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重71kg。

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