山中慎介インタビュー 後編
(前編:井上尚弥のKOが後半のラウンドに多くなった理由を山中慎介が解説「相手が『いかに倒されないか』を考えている」>>)
9月3日に行なわれたWBO世界バンタム級タイトルマッチは、王者・武居由樹と挑戦者・比嘉大吾による激闘になった。互いに一歩も譲らないシーソーゲームの末、武居が僅差で勝利を収め、王座を死守。
【どちらが取ったかわからないラウンドが多かった】
――武居選手と比嘉選手、注目の日本人対決はどちらが勝ってもおかしくない接戦でしたね。
「本当に白熱した試合でした。優劣がはっきりしないラウンドが多くて、どちらが勝ってもおかしくない内容だったと思います。見ていても『どっちが取ったんだろう?』とハラハラしていました」
――武居選手は、ロープに詰められて打たれる場面もありましたが、その後にほぼ反撃していました。
「そうなんです。『このままだと比嘉が取るだろう』というラウンドでも、武居が"山"を作って終わることが多かった。かといって武居が取ったのかというと......そんなラウンドが多かったですね」
――比嘉選手のパンチで、武居選手の頭が揺れるシーンもありました。
「比嘉のパンチはタイミングもよかったと思います。武居は本来、パンチが強いんですが、あの試合は少し後ろ重心だったので、パンチに体重が乗り切らなかった感はありました」
――比嘉選手の入り際、武居選手のアッパーがよくヒットしていました。
「比嘉が低い姿勢で入ってくるので、そこにアッパーを合わせる、下から突き上げるのは作戦としてあったと思います」
――お互いタフでしたね。
「比嘉もいいタイミングで当てていたのですが、ちょっと浅いのか、あるいは下の階級から上げてきてバンタム級では少しパワーが足りないのか。武居の腰が落ちてもおかしくないくらいのパンチをヒットさせているように見えましたが、武居は決定的なダメージを受けていませんでしたね。
【最終ラウンド、なぜ比嘉の手が出なくなったのか】
――比嘉選手はもともとフライ級で、スーパーフライ級を飛ばしてバンタム級に階級アップしました。
「バンタム級に上げてから堤聖也と引き分けて、西田凌佑には負けましたが、直近4試合は4勝2KOと、うまく適応していたと思います。ただ、フライ級時代ほどフレーム(身長、体格、リーチ)を活かしたボクシングは当然難しくなりますね。相手の耐久力も上がりますし」
―― 一方の武居選手はいかがでしたか?
「武居がいい距離やタイミングで当てた強いパンチは、少なかったと思います。パンチが強い選手ですから、クリーンに当たっていればもっと効いていたでしょうし。アッパーにしても、比嘉のグローブをかすめたりして、武居本来の強いパンチは決まらなかった印象です」
――作戦もあると思いますが、武居選手が得意とする遠い距離からの左ストレート、左のボディーストレート、飛び込んでの左フックなどがあまり見られなかったように思います。
「そうですね、比嘉に警戒されていたのもあると思います。それでも武居は、遠い距離でポイントを取るうまさを見せていましたね」
――11ラウンドに比嘉選手がダウンを奪って、迎えた最終ラウンド。比嘉選手の手が出なくなり、防戦一方の展開になりました。
「疲労があったのは間違いないですが、メンタル的な部分もあったかもしれません。11ラウンドにダウンを奪ったことで、逆に張りつめていたものが一瞬緩んだ、あるいは途切れた可能性はあります。『最終ラウンドをしのげば勝てる』という気持ちがふと浮かんだのかもしれませんね」
――ダウンを奪われた武居選手は前に出続けましたね。
「よくあれだけのスタミナが残っていましたよね。
――武居選手は、今回も厳しい試合を乗り越えました。
「2試合とも最終ラウンドはメンタルが勝敗を分けたと思います。比嘉戦は、前回の反省を活かしてスタミナを強化して、ペース配分も考えて試合に臨んだはずです」
――敗れた比嘉選手は、どこか晴れ晴れした表情で引退を示唆しました。少しもったいないように感じますが。
「まぁ、比嘉らしいとは思います。さっぱりした表情でしたし。でも、時間が経って気持ちが変わる可能性もあるでしょう。まだ29歳ですから、気持ちが戻れば、まだまだ戦える年齢ですよ」
【井上拓真vs堤聖也はどうなる?】
――10月13日には、WBA世界バンタム級王者・井上拓真選手と、同級2位・堤聖也選手の日本人対決があります。どのように予想しますか?
「実績や試合内容から見ても、実力的には拓真のほうが一枚上だとは思います。ただ、堤も日本人のトップ選手を相手に結果を残してきています。相手のよさを消す戦い方で、拓真がペースを握るのもそう簡単ではないでしょう。
――堤選手はスイッチ(右・左、両方の構えで戦える)ですが、相手にとってはやりにくいですか?
「非常に独特なスタイルですよね。相手が右なら右、左なら左で構えることが多い印象です。変則的なので相手は対策が難しいと思います」
――スイッチといえば、パウンド・フォー・パウンドのトップ争いの常連、テレンス・クロフォード選手もそうですが、クロフォード選手は一度スイッチしたらその構えで長く戦います。でも、堤選手はラウンド中に細かくスイッチしますよね?
「そうなんです。打ち終わりで後ろ足を前に出して、歩くようにして入れ替えています。リズムも独特。あのスタイルのスパーリングパートナーを見つけるのは難しいかもしれませんね」
――拓真選手は、21戦20勝(5KO)1敗、唯一の黒星は、サウスポーのノルディーヌ・ウバーリ選手(2019年)ですが、特にサウスポーが苦手ということではない?
「あの時は、ウバーリが一枚上でしたね。特にサウスポーが苦手という印象はありません。今年は、サウスポーの難敵、ヘルウィン・アンカハスをKOで倒していますしね」
――堤選手は、13戦11勝(8KO)2分けと負けがありません。
「日本人のトップクラスを相手に負けていませんよね。穴口一輝選手との試合では、4度のダウンを奪いましたが、ダウンを奪ったラウンド以外はすべてポイント取られていました。それでも最終的に勝ち切る強さがあります」
――どんな試合展開を想像していますか?
「拓真は、一発で倒すパンチはそこまでないかもしれませんが、それ以外のすべてを兼ね備えている選手だと思います。
【山中慎介が現役時代に戦いたかった選手】
――山中さんが12度防衛したバンタム級が、今や日本人同士の対決で盛り上がっていますね。
「僕たちの時代は防衛回数がすごく重視されましたが、今は主要団体が4つありますし、統一戦や複数階級制覇が注目されますよね。もし僕が現役時代に、今のように複数階級制覇が当たり前だったら、階級をひとつ上げていたかもしれません」
――スーパーバンタム級で戦いたい選手がいたんですか?
「はい。レオ・サンタ・クルス(バンタム級~スーパーフェザー級まで世界4階級制覇王者)です」
――ボクシングファンにとっては夢のカードですね。
「サンタ・クルスとならアメリカで試合ができたでしょうし、やりたい相手でした。ただ、さまざまな事情もあって、実現は難しかった。昔に比べて今は、ファンが求めるビッグマッチが実現しやすくなりましたよね」
――ウェルター級の佐々木尽選手やスーパーライト級の平岡アンディ選手ら、中量級で期待の選手もいますから、井上尚弥選手に引っ張られる形でビッグマッチも今後増えていくでしょうね。
「そうですね。尚弥が世界で結果を残し続けているおかげで、日本のボクサーたちがより注目されるようになっていますし、ビッグマッチ実現も増えていくと思います。
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。