"新しい翼"を授けられたクラブが、シーズンひとつ目のミッションをクリアした。J3リーグを戦う大宮アルディージャが、10月13日のリーグ第32節でJ2復帰となる2位以内を確定させたのである。
シーズン開幕から12戦負けなし(9勝3分)の好スタートを切った大宮は、8節から一度も首位を譲ることなく独走。ここまで23勝7分2敗の勝ち点76は、2位のFC今治に勝ち点16、3位のカターレ富山に勝ち点21の大差をつけている。60得点はリーグ最多、21失点はリーグ最少と、圧倒的な強さを見せつけてJ2復帰を掴み取った。
福島ユナイテッドFCを3-2で退けた13日の試合後、長澤徹監督以下スタッフと選手たちは、ホームのNACK5スタジアム大宮でファン・サポーターと歓喜を分かち合った。2度目のJ2降格となった2018年以降は悔しさや歯がゆさ、情けなさや虚しさばかりを噛み締めてきたが、久しぶりと言っていい心からの笑顔が弾けたのだった。もっとも、チームはJ3優勝でのJ2昇格を課している。試合後の取材エリアで足を止める選手たちは、すでに来週のホームゲームに気持ちを切り替えていた。キャプテンの石川俊輝は、笑みをこぼすことなく話す。
「僕たちはまだ這い上がっている途中。まだひとつ壁を超えただけで、来週もまた壁がありますので」
2試合連続のホームゲームとなる19日の第33節は、2位のFC今治との上位対決だ。この試合を引分け以上で終えれば、J3優勝を達成することができる。石川の表情が引き締まる。
「その先にもまだまだ登っていかなきゃいけない壁はいっぱいある。みんなでひとつずつ、しっかりと乗り越えていきたい」
歓喜が押し寄せているのか、安堵に包まれているのか。湘南ベルマーレでルヴァンカップ制覇やJ1昇格の経験を持つ33歳は、「どうなんですかねえ」と呟く。どちらでもない、のである。
「今年に関しては(長澤)徹さんが言うように、『てっぺんに立つ』というのが目標。まだ全然やらなきゃいけないことは多々ありますし、もっともっと勝ちたい」
【RBはなぜ大宮アルディージャを選んだのか】
先制点を決めたセンターバックの浦上仁騎も、表情を崩していない。自身が先制ゴールを決めた直後に同点とされ、後半アディショナルタイムに失点をしたことが、この27歳の表情を厳しいものにしている。
「失点に対してどれだけ敏感になれるかを大事にしていて、仕方のない失点はないと思っているので、今日の2失点は課題が残ったと思います。J2昇格が決まったことについても、歩んでいる道の途中というか、通過点でしかない。最低限の目標を達成できたのは本当によかったですけれど、まだJ3優勝は決まっていないので」
J2昇格を決めた前日、クラブはRB大宮株式会社として初のメディア対応を行なった。同日に日本代表の練習も予定されているなかで、集まった取材陣は40人強。J3クラブの記者会見としては、異例と言っていいだろう。
RB大宮株式会社からは、佐野秀彦代表取締役社長、原博実代表取締役兼フットボール本部長、それに株主のレッドブル・ゲーエムベーハー(以下RB)からマリオ・ゴメス氏、フィリップ・ワンダーリッヒ氏が出席した。
元ドイツ代表FWでワールドカップやユーロに出場したキャリアを持つゴメス氏は、2022年1月からレッドブルサッカーのテクニカルダイレクターの職に就いている。一方、ワンダーリッヒ氏はマーケティングとビジネス部門のトップ。8月の株式譲渡後、初めてとなるメディアとの意見交換の場に、RBの要職にあるふたりが揃って来日したのだった。
JリーグにはJ1からJ3まで「60」のクラブがある。そのなかでなぜ、RBは大宮アルディージャを選んだのか。
ホームタウンの埼玉県さいたま市は首都圏に立地し、ホームスタジアム最寄りの大宮駅は巨大ターミナル駅だ。クラブハウスと練習場を備え、スタジアムはサッカー専用である。他クラブにはない魅力を備えているのは確かで、レッドブルが評価したのも地域性だった。
【デリケートな論点...オレンジから赤へ?】
ワンダーリッヒ氏が言う。
「日本という国、大宮という街に、どういった関わりができるのか、本当に長いプロセスを踏みながら話し合ってきました。大宮のすばらしいところは地域のコミュニティ。そういったところも含めて、いろいろな可能性をスポーツとして示せるという確信があります」
トップチームは2025年からのJ2復帰を決めたが、望まれるのはJ1復帰と定着だ。RB側もメディアに提示した資料で「3~4年でJ1昇格、2030年にはタイトルを争う、ACL参加」との青写真を示した。
ゴメス氏は「ステップ・バイ・ステップ」を強調する。
「結果を出すためなら何をやってもいい、というわけではありません。何か特別なものを示すとか、成し遂げるということではなく、私たちが掲げる『翼を授ける』の言葉どおりに、クラブと選手をしっかりと支えたい。若くて可能性のある選手をしっかりと発掘して、一緒に育てていきながら、J3からJ2、J2からJ1へと、ステップ・バイ・ステップで着実に目標へ向かっていきたいのです」
RBの傘下では、ライプツィヒがドイツ5部リーグからブンデスリーガまで駆け上がり、チャンピオンズリーグへ出場するまでに成長している。そのライプツィヒの軌跡を念頭に、ゴメス氏が説明する。
「過去の実績と同じようにやればいいのかと言えば、決してそうではないと思っています。 いろいろな国があり、いろいろな文化があり、いろいろな習慣があります。そういったものに対して尊敬を持ちながら、仕事を進めていきたいと考えています」
RBによる買収が発表されてから、チーム名、エンブレム、クラブカラーなどのプロパティが注目を集めてきた。大宮アルディージャのクラブカラーはオレンジだが、レッドブル傘下の複数クラブは赤をファーストカラーとしている。
フィリップ氏がうなずいた。RBにも、大宮アルディージャにも、デリケートな論点だからである。
「プロパティについては、たくさんの議論を重ねてきました。
【レッドブル買収に選手たちの反応は?】
大宮アルディージャという名称は、「残す」と明言した。
「ローカルコミュニティ、ファン・サポーターのみなさん、そしてこれまでいろいろな方が携わって、この大宮アルディージャというチームが作り上げられてきました。そういったアイデンティティ、みなさんの想い、ローカルコミュニティのみなさんとのつながり、これまでの歴史といったものをすべてリスペクトしながら、やはり大宮アルディージャという名前は残したいと私たちは思っています」
この日のメディア対応でRBが示したのは、アルディージャへの限りなきリスペクトだ。ゴメス氏は質問を受けるたびに、「みなさんとしっかりとコミュニケーションを取りながら、日本の文化、習慣、日本人の在り方というものをしっかりと理解しながら、ともに進んでいきたい」と繰り返した。強引な手法は取らない、一方的な判断は下さないとのメッセージを、何度も発信した。
原強化部長の思いが、率直でわかりやすい。
「最初は正直、どうなんだろうと思うところもありました。実際は本当に真摯に、細かく、丁寧にやってくれています。すぐに動くというよりは、まず現状を把握して持ち帰って、どうしたらいいのかを考えて、一緒にやっていく、という感じですね」
トップチームの選手たちは、RBの動きを冷静に受け止めている。キャプテンの石川は、落ち着いた口調で思いを明かす。
「僕たちは目の前の試合に集中して、シーズンの最後まで戦い抜く。
J2昇格の立役者である元日本代表FW杉本健勇も、レベルアップに意識を傾注している。新会社が設立した10月1日に「俺らのところで急に何か変わるというのは、まだないと思う。今はリーグ戦に集中するだけで、そこはクラブも考えてくれているはず」と話した31歳は、J2復帰を決めた直後にこう話している。
「今年はリーグ戦で2敗しかしていなくて、それはホントにすばらしいことだけど、J2、J1となった時にどうなるかはわからないですよね。まだまだ足りないところもいっぱいあると思う。それは俺もそうですし、チームとしてもそう。そこを見据えて、日々の基準をもっともっと上げていきたいですね」
11月24日のJ3リーグ最終節まで、チームはこれまでどおりに結果を追求していく。並行してクラブは、継続すべきところと変えるべきところを、一つひとつ検証していく。
新しい翼を広げて、力強く、たくましく飛躍していくために──。