10月19日から『ほっともっとフィールド神戸』で開幕する高校野球の秋季近畿大会。大阪からは履正社(1位)、大阪桐蔭(2位)、大阪学院大高(3位)の3校が出場する。
【下馬評は大阪桐蔭圧倒的優位】
大阪大会も10月13日に決勝が行なわれ、履正社が大会6連覇を狙った大阪桐蔭を8対3で下し優勝。「大阪桐蔭優位」の下馬評を覆す結果に、あらためて高校野球の難しさと面白さを実感した。
この決勝の1週間前、準決勝の第1試合で大阪桐蔭が大阪学院大高を下し、第2試合は履正社がタイブレークの末に近大付に勝利して決勝に進んだ。その試合後、履正社で投手指導をしている百武克樹コーチに翌週の見通しを尋ねると、こう返ってきた。
「誰を投げさせましょうか......」
今年の履正社は絶対的エースはおらず、百武コーチは頭をひねっていた。
「ウチのピッチャーが3点、いや2点以内には抑えないと、桐蔭の投手からそれ以上の点を取るのはなかなか難しい。でも、今日もけっこう取られましたし(タイブレークの末に8対6で勝利)、4、5人で2イニングぐらいをつないでいくか、それともまだ桐蔭が見ていない投手を出すとか......」
今年は、隠し玉のような投手はいるのですか?
「野手でまだ投げてないのが、ひとりいるんですけどね」
まんざらでもない口調に思えたが、最後は意を決したかのように締めた。
「ここから1週間で考えます」
これまでの履正社の戦いのなかで"隠し玉"と言えば、2018年の夏だ。大阪桐蔭は根尾昂(現・中日)や藤原恭大(現・ロッテ)らの活躍で、この年の春のセンバツ大会で優勝。春夏連覇をかけた夏、大阪大会準決勝で履正社と対戦した。
当時、履正社を率いていた岡田龍生監督(現・東洋大姫路監督)が、「おそらく僕の監督生活のなかで一番」と語る大博打に出たのだ。
準々決勝まで「3番・ライト」で出場していた主将の濱内太陽を、高校1年の練習試合以来というマウンドへ送ったのだ。その濱内は誰もが驚く好投を見せ、9回二死走者なしと、勝利まであと一歩と迫っていた。ところが、そこから王者・大阪桐蔭が底力を見せ、大逆転勝利。当時を知る百武は、"第二の濱内"を探したくなる気分になっていたのかもしれない。それほど前評判は、大阪桐蔭優勢だった。
大阪桐蔭の投手陣は、前チームで春夏甲子園を経験している中野大虎、森陽樹が健在。野手陣もセンターライン、上位打線に甲子園経験者が揃い、新主将の中野を中心にまとまりのよさも伝わってくる。
対する履正社の投手陣は、背番号1の古川拓磨、本職はセカンドで172センチの下手投げ・辻琉沙(りゅうさ)、そして本職ショートの167センチのリリーバー・矢野塁の3人が中心。
野手陣も例年に比べるとやや小粒で、多田晃監督の特徴である足を絡めた攻めは健在だが、「前のチームと比べたら......」といった印象だ。個々の力に目を向けると、やはり大阪桐蔭のほうが一枚も二枚も上のように思えた。
【履正社が実践した大阪桐蔭対策】
迎えた決勝戦、履正社の先発マウンドを託されたのは、準々決勝(上宮太子戦)でも先発した下手投げの辻だった。この日の大阪桐蔭のスタメンには、左打者が6人。一般的に右の下手投げは左打者を苦手にしているが、オーソドックスな右のオーバーハンドである古川と天秤にかけると、辻の先発は妥当なところだった。
というのも、大阪桐蔭と対戦するチームは、左腕、軟投派、変則といった投手起用が定石のようになりつつある。もっともこれは大阪桐蔭に限らず、強力打線をウリにしているチームが沈黙する時は、得てしてこのようなタイプにハマることが多い。履正社ベンチも下手投げの辻に、大阪桐蔭打線がハマってくれることを期待したのだ。
結果、辻はしっかりと試合をつくった。ボールは決して速くないが、適度な荒れ球もプラスに働き、そこへ中学時代は矢野とともにU−15の日本代表でもプレーした経験と度胸のよさも生きたのだろう。
辻は5回途中まで2失点と粘りのピッチングを披露。2点差に迫られ、なおもピンチの場面でショートの矢野がリリーフ。代わりばなにタイムリーを浴びて1点差とされるも、その後はしっかり抑えて9回まで投げきり勝利。終わってみれば、大阪桐蔭打線を5安打、3失点。小柄なふたりの野手兼任投手が大阪桐蔭打線を翻弄した。
一方の野手陣も、見事な攻撃を見せた。大阪桐蔭の先発・中野、6回から登板した森に対し、じつに12安打、8得点。
「この1週間、チームのアナライザーが大阪桐蔭のピッチャーの投球映像を編集してくれたものを何回も見ました。甲子園の時の映像も含め、ふたりが抑えているところ、打たれて得点されるシーンを何回も見て、このボールにはこんな感じのバッティング、こういう時はこの攻めをしようと、みんなで話しながらイメージをつくってきました」
イメージトレーニングだけではない。井上が続ける。
「バッティング練習で、マシンのスピードをいつもより少し速くしましたけど、ふたりとも真っすぐが力強いので、高めは押し負ける。だから、真っすぐでも高めは捨てて、ヒザから腰くらいまでの球を狙って、コンパクトに強く振る。あとは、ふたりとも三振をとって勢いに乗ってくるタイプだと思うので、できるだけ三振せずに、食らいついていこうと。追い込まれたら落ちる系のボールで空振りを狙いにくるので、僕のような左打ちの打者は三塁ベンチへ打つくらいの感じでスイングする。このあたりの意識とスイングを、1週間で徹底してきました」
ボールを長く見て、引きつけて打った結果が、センター中心の鋭い打球につながったのだろう。それにしても下馬評を覆しての快勝。あらためてスコアを告げると、井上は満面の笑みを浮かべて言った。
「こんな展開になるとは、まったく思っていなかったです。今日はなんとか3点くらいに抑えて、攻撃はとにかく食らいついて、勝つならロースコアの試合しかないと思っていたんです。それが......」
【森陽樹登板でも流れを変えられず】
履正社打線に5回8安打、4失点の大阪桐蔭先発の中野は試合後、こう振り返った。
「センター中心に返してきて、対策をしているのは感じました。僕の場合は、とくに変化球を狙われている感じだったのですが、低めにうまくコントロールできなくて、高めに入ったところを打たれたのが何本かありました」
また新チーム結成時は4番を任されたこともある中野は、打者目線で履正社投手陣を崩せなかった自チームの攻撃を振り返った。
「最近の桐蔭は、うまく変化球でずらしてくるボールを簡単に上げてしまったり、初球から引っかけてしまったりというのが多いので、その対応を夏が終わってからやっていて、いい感じにはなってきていたんです。この1週間も、バッティング練習ではサイドの投手を打ってイメージもつくってきました。でも、試合になるとまだそこを出せない。今日は相手投手の変化球が思ったよりよかったのもありましたけど、もっとタイミングの取り方だったり、スイングの軌道だったり、狙い球だったりを細かくやっていかないと」
低反発の新基準バットだからこそ、芯でとらえる率の高さが問われる。狙い球を絞り、引きつけ、コンパクトなスイング。大阪桐蔭の打者のスイングは強いが、タイミングを外されるなかで、芯でとらえる率は履正社より劣っていたのだろう。この試合に限れば、履正社が大阪桐蔭打線を上回っていた。
5回終了時で大阪桐蔭が1点差まで追い上げ、6回表からはプロ注目の森が登板。
「相手先発は予想できる投手だったので、この1週間、しっかり対策を立ててやってきましたが、うまくいきませんでした。ピッチャーの中野も森も順調と報告は受けていて、ボール自体は悪くなかったと思いますがまだまだです。近畿大会まで1週間、しっかりやることをやって臨みたいと思います」(大阪桐蔭・西谷浩一監督)
【夏のリベンジを果たした履正社】
力を持った選手たちが基本に徹し、そこにもうひとつ、今回に関してはこの一戦にかける思いが、履正社のほうが上回っていたのかもしれない。
「夏にあれだけ負けたので、絶対に負けられない、特別な思いがありました」(矢野)
「新チームになった時から『桐蔭に勝たないと』と言い続けてきましたし、この試合にかける強い思いは感じました」(多田監督)
今年夏の大阪大会準決勝で、履正社は大阪桐蔭に2対12の5回コールド負け。これまで30年以上にわたる両者の対戦のなかでも、際立つ大差での決着。今回の結果は、夏に大きな屈辱を味わった履正社の渾身のリベンジでもあったわけだ。
思い返せば、あの一戦では今回とは逆に、徳丸快晴、境亮陽、吉田翔輝らが並ぶ大阪桐蔭打線が、コンパクトにセンターから逆方向へ低く強い打球を集めての圧勝だった。それまでの勝ち上がりぶりから履正社優位と見ていたが、前年夏の直接対決で24年ぶりに敗れていた大阪桐蔭の選手たちの意地と徹底力、そして一丸となった力が勝利を呼んだ。
だからこそ、近畿大会での大阪桐蔭の戦いから目が離せない。
大阪1位で近畿大会に臨む履正社は、19日の第1試合で滋賀2位の滋賀短大付と、大阪2位の大阪桐蔭は26日に滋賀1位の滋賀学園との対戦が予定されている(大阪学院大高は19日の第3試合で京都3位の北稜と対戦予定)。大阪大会決勝から約1週間、反省、対策を重ねながら、来春のセンバツ大会をかけた戦いは、ここからさらに深まっていく。