「緊張しています」
甲子園でもほとんど緊張したことがないという報徳学園・今朝丸裕喜が、珍しく低いトーンでそう口にした。10月に入ったばかりの頃だ。
「プロに入って、最初に新人合同自主トレがあるので、そこに向けて準備していかないといけないと思っています。早く一軍に上がりたい選手だということも、アピールできたらいいなと思っています」
高まる緊張感のなか、早くも次の世界へ向けて鍛錬を積んでいる。
【新チーム結成後に掲げた3つの目標】
今朝丸は高校野球に励んだ2年半を「早かった」と振り返った。1年秋から公式戦のマウンドに立つようになり、2年春にはセンバツ準優勝を経験。その後、主戦を務めるようになった2年秋からは明確な目標を持つようになった。
今朝丸は下級生時から「長身の好右腕」という印象が強かったが、ドラフト上位候補と言われるようなインパクトは、少なくとも昨年夏まではなかった。その後、昨年10月の練習試合で150キロをマークしたことで、少しずつその名前が知れ渡るようになる。
ところが、その直後に行なわれた近畿大会準々決勝で大阪桐蔭に3対4で敗戦。だが、今朝丸の快進撃はそこから始まった。
「一番変われた(成長できた)のは、冬だと思います。
その大阪桐蔭戦、初回から連打を浴びていきなり先制を許す苦しい立ち上がりとなった。以降も、四死球を与えるなどリズムを崩し、7回途中で降板するまで6回を除き毎回のように走者を背負った。球速は出ていたが、どこか操れていないような印象があった。
「大阪桐蔭という名前に押されていたわけではないんですけど......力みは明らかにありました。試合が終わってから、(監督の)大角(健二)先生から『ベンチを見過ぎてバッターに集中できていないし、このままではプロに行けない』と言われました」
新チーム結成直後、今朝丸は"3つの目標"を掲げてスタートした。
ひとつは、甲子園で全国制覇をすること。もうひとつは、U?18日本代表に入ること。そしてドラフト1位でプロに行くこと。大きな目標を立てた以上、本気で取り組まなければならない。
今朝丸は、下級生の頃は体づくりのなかでウエイトトレーニングに重きを置いていなかった。だが細身の体を大きくするには、筋力トレーニングは必要不可欠だと考えた。ランメニューにも懸命にくらいつき、年が明けてもひたすら追い込んだ。
もともと少食のため、食事量を極端に増やすことは困難だったが、食事の回数を増やし、空腹の時間をつくらないように間食としておにぎりなどを頬張った。その甲斐あって、体は明らかに強さを増した。
結果として表れたのは、センバツ準々決勝の大阪桐蔭戦だった。
「秋に桐蔭にやられている分、甲子園では絶対にやり返すつもりで投げました。投げていて楽しかったというか、自然とバッターに向かっていけました」
表情を崩さず、淡々と投げるなかで攻めのピッチングを貫いたことで、今朝丸の評価が一気に上昇した。
【高校時代のベストピッチは?】
そんな今朝丸に「2年半のなかで、公式戦でのベストピッチングは?」と尋ねると、今夏の兵庫大会の決勝と即答した。相手の明石商はしぶとい攻めが持ち味のチームだが、今朝丸は堂々のピッチングを見せた。
「ストレートで圧倒していこうと思いました。ピンチになるとスイッチが入っていました」
3回二死一、三塁のピンチでは、相手の3番打者に対して自己最速タイの151キロをマーク。5回以降許した安打は1本のみで、大一番で公式戦初完封をやってのけた。
センバツでの大阪桐蔭戦、そして明石商戦で共通しているのは、いずれも無四球で投げ切ったことだ。
110球を投げ切った明石商との決勝戦のあと、今朝丸はアイシングをしながら涼しげな表情で「まだまだ投げられます」語っていた。
夏の甲子園では初戦で大社高校(島根)に敗れ、目標にしていた"全国制覇"は果たせなかったが、大会後、U−18高校日本代表に選出。
初めての国際大会となったU−18アジア選手権大会では3試合に登板。異国のマウンドに苦労する場面もあったが、大きな経験を積んだ。なにより全国から集まった仲間たちと過ごした17日間は、かけがえのない思い出になったに違いない。
最後の目標である"ドラフト1位"に関しては、多くの情報が飛び交い、評価についてもさまざまな意見がある。来るべき運命の日に向け気持ちは高まりつつあるが、それでもやることは変わらない。今朝丸は黙々と、プロ野球選手になるための"準備"に励んでいる。
「プロに入ったら200勝できるピッチャーになりたいです。そのために体をしっかりつくって、体重も増やしていきたいです。脂肪ではなく筋肉量を増やすことが大事なので、トレーニングもやっていきます」
いずれはメジャーリーガーになる目標はあるのかと聞くと、今朝丸はいたずらっぽく笑いながらこう返してきた。
「いや、海外は......。
緩やかな成長曲線を描いてきた右腕は、静かにその時を待つ。