SC軽井沢クラブ
上野美優インタビュー(後編)
「私にとっては初めてのミックスダブルスだったので、自分がどこまでできるのか、というのが未知数で。そういう意味では、怖いものなしでチャレンジできた結果がいいほうに転がった感じです」
――その後、4月にはスウェーデンで開催されたミックスダブルス世界選手権に挑みました。「つらかった大会」と振り返った、日本女子代表として挑んだ世界選手権からおよそ1カ月。気持ちの切り替えはできていたのでしょうか。
「(女子の)世界選手権では調子が上がらないまま終わってしまったイメージが強かったので、怖さはありました。それでも、初戦のノルウェー戦で最後の一投をなんとか決めて勝つことができて、そこから少しずつ、楽しんでカーリングをすることを思い出しながらプレーしていました」
――そうした怖さであったり、緊張感であったりというのを、ペアを組む山口剛史選手に相談しましたか。
「改まって何か話をした記憶はありませんが、私のインタビューなどを隣で聞いていて(現状を)わかってくれているんだろうな、とは思っていました。とはいえ、世界選手権だからといって、特別なことをするのではなく、むしろ自分のショットだけに集中してみたらうまくいった部分はあったので、自分なりにうまくもがけた大会だったかなとは思います。大会ごとのアプローチの仕方の違いに気づけたのも収穫でした」
――そうした経験や収穫を手にして、いよいよ2026年の五輪に向けて重要なシーズンを迎えました。シーズン前にはパリ五輪がありましたが、それをご覧になって、ご自身の意識が高まった感覚などはありましたか。
「やはりオリンピックというのは憧れの舞台ですし、周りの方からも期待を込めて声をかけていただくことが増えました。自分でも気づかないうちに、意識はしているのかもしれません」
――パリ五輪をご覧になって、印象深かった競技などはありましたか。
「時差の関係もあって、すべての競技を見ることはできなかったのですが、柔道の阿部詩選手の姿は印象的でした。3年前の東京五輪で金メダルを獲ってからもう一度、3年間積み上げてきた選手でも(敗退後に)あんなに感情が揺れ動くシーンを見たら、『少し怖いな』と思いました。
これまでは単純に『私もあの舞台に立つぞ』みたいに思っていたんですけど、オリンピックには勝つ人もいれば、負ける人もいて......。そんなの当たり前なんですけど、その(本当の)姿を目の当たりにして、改めて考えさせられました」
――その"怖さ"といったものが、今季に何らかの影響を与えそうですか。
「きっとあの場所に行かなきゃ経験できないこともありますし、『そのために勝たなきゃ』といった焦燥感もあったんですけど、いずれにしても先の話です。その前に目の前のことをしっかり見て、課題や取り組むべきことのために1時間1時間、一日一日を大切にして打ち込んだうえで、最終的にオリンピックが待っているんだって、ある日、ハッと気づいたんです。だから、怖さを感じるとしても、もうちょっと先でいいです」
――そのためには、今季の過ごし方が重要になります。チームとしても、世界選手権への再挑戦が望まれます。
「もちろん、世界選手権にはもう1回出たい、挑戦したい、という気持ちはあります。ですが、それも同じで、そのためにはどこを伸ばすのか、どこを積み上げていくべきか。目の前の足りない部分を意識して、そこに集中して過ごすシーズンになると思います」
――スキップとしての戦略的な部分はいかがでしょうか。
「世界選手権でも、私がスキップになってから対戦したことのあるチームは韓国代表だけだったんです。
――昨季の上野選手は、とりわけ試合序盤などでは慎重に、リスクを嫌う選択をしていた印象があります。
「やっぱり大会序盤や試合序盤というのは、『無理をしないように』っていうのが常に頭のなかにありました。でも、世界選手権では2-3で負けているのに、なかなか点を取らせてもらえないとか、チャンスが来そうな状況でもいつの間にか複数点が取れる展開ではなくなっているとか、そんなことが多かったので、もう少し選択の幅を広げていって、攻撃的な試合ができるようになりたいですね」
――世界選手権において、そういう点で参考になりそうなチームや選手はいましたか。
「戦術というより、私はもともとアリナ・パッツ選手(スイス代表)が好きなんです。とにかくフォースで決め続けることがすごいなと思っていて。今回、世界選手権で初めて試合をしたのですが、日本戦でのショット率はほぼ100%。スイス代表全体の、氷が変化するなかでの安定感や、パッツ選手がチームに与える安心感みたいなものは、やっぱりすごかったですね」
――スイス代表と再戦するためにも、日本選手権での勝利がまた求められます。今回は横浜開催となります。
「私の会社の本社が所沢にありますし、関東には親戚がいるので、1試合でも多く試合をして、多くの方に見てもらいたいと思っています」
――上野選手は大学卒業後、昨季から社会人カーラーとなっていますが、働きながら競技を継続することで、ご自身の意識に何か変化はあったりしますか。
「日本にいる時は半日働いて、そのあとに練習に行くといったスケジュールが多いのですが、シーズンが始まって海外遠征や合宿が続くと、どうしても出勤できない期間もあるんです。でも、そのあと会社に行くと、同僚のみなさんが『おめでとう』とか『頑張ってね』と声をかけてくださって。
――いい職場のようですね。
「お給料をいただきながらカーリングができる、ということの環境のよさだったりとか、応援してくれる方々の存在は本当にありがたいです。ただその分、その環境を生かすも殺すも自分次第だなと、そこは強く意識しています。きついトレーニング時でも『この時間もみんな、仕事をしているんだから、私も頑張らないと』と思えるようになりました」
――最後に、横浜で開催される日本選手権へ向けての抱負を聞かせてください。
「大きい会場で試合ができるので、まだあまりカーリングを知らない方や、テレビでしか見たことがない方に来ていただきたいですね。会場で『実際はこういう感じなんだ』っていうのを知ってもらい、興味を持っていただけるようないい試合をして、またそこから『今度は軽井沢に(試合を見に)行ってみよう』と思ってもらえたら、うれしいです」
(おわり)
2001年3月12日生まれ。長野県軽井沢町出身。SC軽井沢クラブ所属。9歳でカーリングを始め、日本女子大在学時の2022年に出場した世界ジュニア選手権で、日本カーリング界初となる金メダルを獲得。次世代のエースとして注目を集める。2024年には日本選手権、ミックスダブルス選手権を制覇。女子選手としては初めて同一シーズンでの二冠を達成した。