試合は最後の最後にうねりを起こした。

 8回終了時点ではソフトバンクが2点、DeNAは無得点。

両球団ともレギュラーシーズンではリーグ1位の打率と得点数を誇る強力打線が持ち味のはずが、ソフトバンク先発の有原航平のまさかの2点タイムリーだけが試合を動かしていた。

 しかし、9回の攻撃では両チームが3点ずつを奪い合い、最終スコアは5対3に。ソフトバンクとしては守護神を任せるロベルト・オスナの乱調が気がかりではあるものの、9回表の追加点が結果的にはとても大きかった。

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今宮健太を今季初の3番で起用】

 この9回の3得点、"小久保采配"がズバッと的中した。

 イニング先頭に代打で起用した嶺井博希がセンター前ヒットを放って、ノーアウトからチャンスを演出した。嶺井は今季一軍登録されたのは6月4日から20日まで17日間だけで、出場は4試合で6打席のみ。ただ小久保裕紀監督は「ハマスタで打ってるイメージだったんで。あのままの点差(2対0)なら、もう先頭は嶺井でいこうと。バッティング練習を見てたけど、ファームでも結構状態がよかったんで」と、自信をもって切ったカードだった。

 嶺井の今季出場は、すべて代打から試合に入っていた。成績は4打数2安打。しかも6月8日、古巣であるこの横浜スタジアムでのDeNA戦では東克樹から左越えソロ本塁打を放ち、さらに翌日の試合でも代打安打から2打数2安打をマークしていた。

 嶺井の安打から一死一、二塁とし、追加点を叩きだしたのは今宮健太のバットだった。低め直球を弾き返した打球は相手右翼手の頭上を越えていった。この場面では一走だった周東佑京が二走の川村友斗を追い抜かんばかりの激走。昨年WBC準決勝のメキシコ戦の周東と大谷翔平の"追いかけっこ"を彷彿とさせて大きな話題を呼んだが、殊勲打の今宮の勝負強さが光った場面だった。

 注目すべきは今宮の打順だ。今季レギュラーシーズンでもクライマックスシリーズでも、はたまたオープン戦ですら一度もなかった3番で起用されたのだ。これには正直驚いた。試合前の記者室もどよめいた。日本シリーズ第1戦の大一番を前に各社は予想打順を組んだのだが、「ウソだろ」「これは当たらないよ」と嘆きの声が上がっていた。

 今宮を3番に抜擢した理由とは。

 小久保監督の説明はこうだった。

「やっぱり山川(穂高)のあとを栗原(陵矢)にしようということで、3番・今宮。

ノーアウト一、二塁でも十分送れる。そういう意味も込めて。それに状態がよかったんでね」

 クライマックスシリーズの今宮は、これもレギュラーシーズンでは二度しかないレアな6番で起用された。ただ、これが大当たり。10打数5安打と好調で賞金100万円をゲットしていた。

 さらに小久保監督は、こうに続けた。

「山川の状態もずっとよくて、4番、5番を得点源と考えたら、ワンアウト一塁から何とかあと1点ほしい時には(バントなどで)送ることもできるし、あとは並び的にいつもどおり『周東・今宮』なんで。1、2番だったのが、2、3番になっただけ」

【常に最低最悪を想定している】

 ソフトバンクでは打順を決めるのは、打撃コーチの役目だ。小久保監督は「その提案が面白いと思った」という。では、次の証言者は村上隆行打撃コーチである。

「近藤(健介)が出られないとなったので、5番がいない。5番には(背番号)24(栗原陵矢)を入れなきゃいけないというのが出てきたんで、次に誰を3番に入れるかとなった時に、(今宮)健太しかいないとなった。

CSのように6番も考えたんですけど、じゃあ3番に誰を入れるんだと。柳田(悠岐)は3番ではない。やっぱり1番に置きたかった。甲斐(拓也)から始まって、ピッチャーで送った時にチャンスが上(の打順)に来ると思った。また、1番(柳田)が出れば2番(周東)にゲッツーはない。そこで『つなぐ3番』でいいんじゃないかなと」

 最後に今宮本人の声だ。

 3番スタメンを告げられたのは試合当日だった。「びっくりはした」と思わず苦笑い。

「でも、CSの6番と違って、自分の前に(周東)佑京がいた。あまりシーズンと変わらないと思ったし、うしろの4番、5番を考えれば、別に"そういう3番"じゃないんで」

 今宮は7年前の、今回と同じ顔合わせの日本シリーズの時も主力選手だった。第2戦の神の手スライディング、第4戦では横浜スタジアムのフィールドシートに飛び込んでフライを捕るなど印象深いプレーを見せている。今回もキーマンになるのではと水を向けると「たまたまですよ」と意に介さなかったが、第2戦以降も注目プレーヤーになっていきそうだ。

 ただ、それにしても小久保監督の"決断"には驚いた。

「常に最低最悪を想定しているからね」

 監督のマネジメントとはそういうものだが、小久保監督はいつもハキハキと言葉を口にし、表情も豊かで、明朗快活なイメージもある。だけど根っこは違うのだという。

「現役の頃からそっちだったかな。あんまりメンタル強くなかったから」

 だから本を読み漁り、球界きっての読書家として現在も知られるようになった。

 シーズン中にほとんど起用していない嶺井を日本シリーズでベンチ入りさせたのも危機管理によるものだった。今季ほとんどを捕手2人制で戦った小久保監督だが、嶺井をベンチ入りさせて捕手3人にしたのだ。

「2人でやって、万が一(甲斐)拓也が第1打席で頭に当たって、海野(隆司)を出したけど途中で使えなくなった。じゃあ栗原とは言えない。レギュラーシーズンならばそれでいいかもしれないけど、日本シリーズの第1戦は違う。初戦でバタバタしたら、シリーズに響くやろうなと。それは最悪のマネジメント。

ないと思うけど、(何があるか)分からんやん。最後の最後まで議論して、3人でいこうとなりました」

 石橋を叩いて叩いて、なお確かめる。それくらいの準備をして臨むのが日本シリーズだ。だからこそ、日本シリーズ第1戦で「3番・今宮」という手札をいきなり切ったのに驚いたが、短期決戦を勝ち抜くには勝負勘の鋭さも大切になる。小久保采配が第2戦以降も冴えわたるだろうか。

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