西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第69回 ミケル・メリーノ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回はアーセナルで活躍するスペイン代表ミケル・メリーノ。ピッチを幅広く動いて攻守に貢献するタイプですが、昨シーズンから得点能力を開花させました。
【デュエル王でゴールゲッター】
英国でボックス・トゥ・ボックスと呼ばれるMFがいる。攻守に働き、得点力もある万能型。スティーブン・ジェラード、フランク・ランパード、ヤヤ・トゥーレ、ポール・ポグバなどが思い出される。彼らは組み立てから仕上げまでを一貫してやってしまう、ダイナミックなプレーヤーだった。
ミケル・メリーノもタイプとしてはボックス・トゥ・ボックスで、幅広く動き回って攻守に貢献というところは同じなのだが、得点の取り方がよりストライカー的で、実際に何度かセンターフォワード(CF)としても起用されてきた。ジェラードやランパードはパスをつなぎながら駆け上がりミドルシュートを叩きこむイメージだったが、メリーノの場合はヘディングシュートが多い。189㎝と上背があり、ゴール前のポジショニングが的確で、何よりヘディングのコントロールがすばらしい。ヘディングでボールにカーブをかけたりバックスピンを与えたりしていて、職人的なうまさがある。
ミケル・メリーノの得点パターンは主にボックス内に入ってのシュート。ヘディングだけでなくクロスボールに足で合わせるのも正確で、こぼれ球を拾う嗅覚もある。
9月に行なわれたW杯予選のトルコ戦ではハットトリックを達成し、スペインの勝利(6-0)に貢献。
一方、6シーズンプレーしたレアル・ソシエダではデュエル王として知られていた。運動量が多くフィジカルコンタクトにも強い。リーグでも屈指のデュエル回数と勝率だった。得点もしていたが、レアル・ソシエダではリーグ5得点が最多。シーズン無得点だったことはないが、そんなに量産はしていない。昨季、アーセナルで7得点を記録したのはCFとして起用されたからだ。
もともとセットプレーなどで得点を狙っていたが、CFとして本格的にボックスの中へ入るようになって得点感覚を発揮するようになったようだ。ボックス間を往復するだけでなく、ボックス内に入ってみたら新境地が拓けた。
【万能の脇役】
ペナルティーエリア内でストライカー顔負けのシュートを決めるボランチ。多くはないが、そういうタイプはこれまでもいる。
たとえばブラジル代表で活躍し、中国の広州やバルセロナでもプレーしたパウリーニョがこのタイプだった。ハードワークで奪うと、組み立ての中心を担うのではなく、簡単に捌いてゴール前へ入って得点を狙う。
ミケル・メリーノはボールタッチが繊細、パスも非常にうまい。相手のプレッシャーをかわして前進する能力も高く、プレーメーカーとしての資質を持っている。さらに得点力、圧倒的な持久力、球際の強さ。まさに万能なのだが、唯一の弱点がスピードだ。
爆発的なスピードがない。FWとしてボックス内で点を取るにはあまり関係ないが、カウンターアタックには向いていない。MFとしてもカウンターされた時に広いスペースを守るのは難しいし、攻撃面でもサイドからドリブルで崩すこともあまりない。ただ、弱点はこれくらいなのだ。
ミケル・メリーノは万能なのに試合で主役になることはない。その万能性ゆえに主役になっていない。
背筋が伸びた姿勢が美しく、ボールタッチも柔らかく、股関節の柔らかさを感じさせる滑らかな動き、身体操作のうまさが光る。
ミケル・メリーノの万能性はチームを支えることに使われている。たとえば、創造的なパスやドリブル突破は「物語」になる。試合のハイライトに使われる場面の中心にいるのが主役となる選手だ。一方、ハイライト場面には表れないがチームを支え続けている、チームの「構造」となっている選手たちがいる。ミケル・メリーノはその点で「構造」そのものなのだ。
構造は物語にならない。感情も伴わない。構造がなければチームはその体をなさないので間違いなく重要だけれども、ただそこにあるものとして見過ごされる。ミケル・メリーノは決勝点をゲットするなど物語の主役にもなるが、基本的には構造側の選手だ。
【スペイン代表でも力を発揮するか】
スペイン代表はMFの層が厚い。
ただ、今季アーセナルにマルティン・スビメンディが来た。かつてレアル・ソシエダでプレーした頼もしい相棒である。コンビネーションのよさという点で、ペドリ&ガビに対抗できるだろう。ペドリ&ガビが技術と創造力とすれば、ミケル・メリーノ&スビメンディは守備強度と構造安定化のコンビというところだろうか。
試合の強度が上がってスペースもないような場合、ミケル・メリーノ&スビメンディのほうが力を発揮しやすいだろう。
万能ゆえにつかみどころがなく、そうかといって気にしていないと突然決定的な得点をあげる。ミケル・メリーノは不思議で味のある選手だ。
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