この記事をまとめると
■ランチア・ストラトスはWRCを制覇するためだけを目的に生み出された■ディーノ246GTに搭載の190馬力2.4リッターV6DOHCをリヤミッドに搭載
■ドリフトで走れというのは簡単だけど普通に直進走行するのはそれよりずっと難しい
全幅に対して全長が極端に短い狂気のスタイリング
「じゃあストラトスの担当はヤマザキな。集合は現地に朝9時ということで……」
それで説明は終わりですか。不肖ヤマザキ、クルマ運びのバイトから、ちょっとだけ編集部員みたいな立場に昇格してまだ半年くらい。
しかもストラトスといえば、ほぼ間違いなくランチアのストラトスなのであって、ダッジ・ストラトスがデビューするのは、まだまだ先の話ですよね。その貴重なランチアのほうのストラトスを運べというのですか、編集長。
まぁ、中にはフェラーリに当たっちゃった人もいるわけだから、少しはラッキーだったと思うことにしましょう。
そしてストラトスのピックアップ当日、幸運にも天気は晴れ。すでに屋外に出してあったストラトスのスタイルはとても個性的、というよりも狂っている。

1970年に誕生したストラトス・ゼロからして、ただただ車高の低さを競ったかのようなモデルだったけれど、その後いくつかのプロトタイプを経て完成されたベルトーネ製の量産型ストラトスのスタイルも、世界ラリー選手権(WRC)を制覇することのみを目的としているだけに、まだまだ狂気のスタイル。

ちなみにその全長×全幅×全高は3710×1750×1114mmと、全長が極端に短い設定だ。ホイールベースに至っては2180mmしかない。車重は980kg。前後のカウルをFRP製とするなど、軽量化にも積極的な取り組みを見せた結果の数字である。

そしてこの重量を実現したもうひとつの大きな理由は、リヤミッドに搭載されるパワーユニットにもあった。

ストラトスの名手をもってしても直進させるのは難しかった
「では、おクルマお借りします。現地を出るときに一度ご連絡さしあげますので」と当時の常套句ともいえる締めの挨拶を交わし、冷静を装ってストラトスに乗り込む。ドアハンドルは、当時のイタリア車が多く使っていたものだから(メーカーなど知らないけど)心配はなし。ドライバーズシートに身を沈めると、まずはヘルメットさえ収納できそうなドアポケットと、丸型のメーターが7個も並ぶメーターパネルが目に入る。

フロントガラスは大きく湾曲し、Aピラーはロールオーバーしたら死ねと言わんばかりに細いが、その分視界は良好。逆に後方視界は無いに等しい。まあこのクルマを選んで突っ込もうなんていう輩はいないだろうと心を落ち着かせる。

安全第一ということで、もっとも近いランプから首都高速に乗る。この頃になるとずいぶんクルマ運びのプロとしての余裕もできていたので、ちょっとだけ、そうちょっとだけだがストラトス本来の走りを試したくなる。
「うぁ、真っ直ぐ走らないよこれ、むちゃくちゃ怖いんですけど~」。考えてみればストラトスのホイールベースは前で触れたとおり2180mm。かのパオロ・スタンツァーニの秀作のひとつに数えられるウラッコでさえ、2+2という事情はあるもののホイールベースは2450mmもある。

ストラトスは、ランチアの狙いどおり1974年、1975年、1976年の3年間にわたってWRCを制覇するが、このときのドライバーのひとりだったサンドロ・ムナーリに、筆者は後日インタビューしたことがある。

このとき彼はすでにリタイヤし、ランボルギーニの広報という役職にあったのだが、私の「ストラトスは真っ直ぐ走りませんよね?」という質問に対して、「そうだね、高速道路のひとつの車線をずっとドリフトで走れというのは簡単だけど、普通に直進走行するのはそれよりずっと難しい。で、そのストラトスは無事に返却することができたのかい」
もちろん1時間近くかけて、手洗い洗車して返却いたしましたとも。当時の私はクルマ運びのプロでございましたから。あ~あ、不景気なので難しいとは思いますが、またこういう仕事、復活しないかな。