田中角栄「名勝負物語」 第二番 福田赳夫(5)

 田中角栄は多数派工作に拍車をかける一方で、打ち出すべき政策づくりにも腐心していた。

 一つは、総裁選の半月ほど前に出版され、都合90万部を超える“政治本”としては異例のベストセラーになった『日本列島改造論』の出版準備であった。これはすでに記したように、その4年前、田中が自民党都市政策調査会長時代にまとめた「都市政策大綱」が原型になっていた。そのうえで、出版にあたってさらにこれに手を入れた。

 その指揮官は、のちに通産省事務次官となる当時の田中通産大臣秘書官だった小長啓一である。小長を補佐したのは、田中の秘書だった早坂茂三(のちに政治評論家)であった。

 小長は、通産省からとくに優秀な課長クラスの官僚をピックアップし、出版元となる日刊工業新聞の記者6人ほどとともに執筆陣とした。若き官僚の一人には、のちに作家として活躍することになる「堺屋太一」もいた。

 もとより、田中自身も集まりに顔を出し、政治哲学としての持論を展開、内容に厚みをつけた。「何でも東京へという人とモノの流れを地方に逆流させる。どこに住んでも、誰もが一定以上の生活ができるようにせにゃならんッ」などと、熱弁を振るった。こうした田中のレクチャーは、おおむね通産大臣室の大テーブルを囲んで行われ、計20時間以上に及んだとされている。田中の意気込みが、知れた。

 もう一つの政策の開陳は、総裁選直前に発表する「私の十大基本政策」と題した政策綱領であった。「世界の平和に運命を賭ける」と謳ったその内容のいくつかは、次のようなものであった。4つほど挙げてみる。
(1)世界の潮は、平和共存と国際協調に向かっている。日本立国の基礎は、世界のどの国とも仲よくしていくこと、すべての国が平和のうちに共存できるよう全面的に寄与することの二点である。
(2)わが国は軍事大国の道を求めるべきでなく、日本国憲法第九条を対外政策の根幹にすえる。
(3)日本は将来にも核兵器を持つべきでなく、非核三原則をつらぬく。さらに進んで、日本は人類共滅兵器を廃絶する先頭に立つ。
(4)わが国の自衛隊は日本列島の守備隊であり、将来とも徴兵制や海外派兵は行なわない。
 ちなみに、田中のこうした基本テーゼは、首相となり、その後、退陣して病魔に倒れ、事実上その政治活動を終えるまで、一貫してブレることはなかった。と同時に、自衛隊の海外派兵など、40年以上たった今の安倍晋三政権の対外・防衛政策とは、大きく異なっていることが窺えるのである。

★「愛知君がつくったものだから任せる」
 この「私の十大基本政策」発表にあたっては、トコトン信頼した部下には仕事を任せるという「田中流」も窺うことができる。信頼した部下を信じきるのは、“上司の心得”であることを示している。

 こんなエピソードが残っている。田中はこの「私の十大基本政策」づくりを、腹心の愛知揆一に任せた。愛知は財政を中心に政策通として知られ、人柄も円満、栄達を自ら求めるという人物ではなかった。元田中派担当記者の弁である。
「早坂秘書が、愛知がつくり上げたものを田中のもとに持っていった。ところが、田中は見もせずに早坂にこう言った。『愛知君がつくったものだろう。見なくていい。任せると言ったら、全部、任せたんだ』。早坂は、つくづく言っていた。『ああいうオヤジと仕事ができるのは、愛知さんもオレも幸せだ』と」

 こうした田中の“上司の心得”は、下働きをする田中派の秘書たちにも存分に発揮されている。当時の田中派衆参議員の秘書は、公設、私設を含めて約400人いた。「秘書会」として、その紐帯感、団結ぶりは、他派の及びもつかないものであった。彼らは、敬愛する田中を中心とする「田中民族主義」とまで自負していたのである。秘書会幹部の一人のこんな感慨、証言が残っている。
「総裁選を前にして、われわれは田中派で借り切っていたホテル・ニューオータニの部屋や、砂防会館内の田中派事務所に張り付いていた。夜中の1時、2時、場合によっては明け方まで、田中先生の立候補挨拶状などの文書の発送作業などをやった。そんなさなか、夜遅く先生がひょいと入って来られる。ほとんど、毎晩と言っていい。先生、われわれを見て開口一番、言うんだ。『いやぁ、すまん。本当に苦労をかけてすまんなぁ』と。偉ぶったところは微塵もない。誠心誠意が伝わってきた。ふつう、田中先生くらいの大物議員が、われわれ秘書にあんなふうに礼を言うことなんてあり得ない。当時、『田中先生とは死ぬまで一緒だ』『先生の号令なら、矢でも鉄砲玉にでもなれる』という秘書は、いっぱいいました」

 対して、福田赳夫陣営の動きは鈍かった。当時の福田派中堅議員は言っていた。
「田中陣営の多数派工作などのイケイケぶりに比べて、恬淡とした人柄の福田先生は、まだ佐藤栄作首相の自民党内への“威光”を信じていたフシがあった。フタを開けると、完全に裏目に出たということだった」
(文中敬称略/この項つづく)

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小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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