岡山県津山市から北へ20キロほど進んだ苫田郡加茂町(現津山市)の山村で、1938(昭和13)年5月20日未明、日本の犯罪史上、いや世界の犯罪史上でも稀にみる大量殺人事件が発生した。なんと集落の3分の1にあたる30人もが一晩の間に殺されたのだ。
犯人は同村の都井睦雄(当時22)。彼は、猟銃や日本刀の類を使い、5歳から86歳までの村人30人を殺害、2人に傷を負わせたのだ。それも、わずか数時間のうちにである。その後、都井は付近の山林に逃走、村人を殺した猟銃で自らの命も絶った。
都井をそこまで追い詰めたもの……それは当時、村に色濃く残っていた夜這いの因習と、肺病だったと考えられている。
「犯人は肺病(結核)で近所ののけ者にされ、しかも女の問題で失恋していた」(朝日新聞、昭和13年5月22日付)とあるように、病気が犯行理由の一つだとされており、色白で秀才という同村には珍しいタイプの犯人を村の女たちは可愛がりもしたが、結核とわかったとたん、村八分のような扱いをされたことに起因しているという。
さらに当時、不治の病とされ感染性もあると考えられていた結核という診断。そんな状況に絶望した結果、都井は凶行へと走ったのだという。
事件現場となった岡山県苫田郡加茂町(現津山市)の貝尾地区では、凶行のあった「昭和十三年五月二一日亡」と刻み込まれた墓が無数が散在していて、今もこの事件が“終わっていない”ことを改めて感じとれる。だが、そんな空気も、この地区からちょっと距離を置くだけで変わってくる。
同町倉見地区ーー。ここは睦雄が生まれ、3歳まで過ごした集落だ。しかし両親が相次いで死去し、祖母の故郷である貝尾へ連れられていった。彼の生家近くの小高い丘に一族の墓が固まっており、ここに稀代の殺人鬼は眠っている。しかし周囲に並ぶような墓石はなく、ただ手の平大の丸石があるのみ。これが殺人鬼の最後の姿だった。
「こんなちっぽけな墓しか建ててもらえんで、かわいそうじゃよ」
付近で畑仕事に精を出す老婆は呟いた。しかし、その老いた口から出る言葉は、非常に同情的なものばかりだった。
「(睦雄を)悪く言うのなんかいないよ。あんな墓じゃ可哀相だから記念碑でも造ってやろうかっていってるぐらいなんじゃから」
むしろ彼を殺人に駆り立てたのが現場の人々だった、と言わんばかりの口調である。
そこには当事者同士にしか分からない、相いれない世界があるようだった。
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