◎田中角栄「名勝負物語」 第五番 小沢一郎(1)

◎田中角栄「名勝負物語」 第五番 小沢一郎(1)
(提供:週刊実話)

 「政治家というのは、その時代、時代で何を求められ、何をしなきゃならないかは違ってくる。考え方、洞察力と言っても、当然、時代によって性質の異なる中身にならざるを得ません。その意味では、いまの時代、さて田中先生、どうだったろうかの思いはありますね。

 そのうえで、もとより田中先生が、戦後政治の傑物であったことは間違いなかった。物事の落とし所への目、利害関係の調整名人、直感力の鋭さ、人に好かれる抜群の陽気さ、どれを取っても飛び抜けていた。比類がなかったと思っている。

 しかし、体制そのものを変えようとした人ではなかった。僕は、いつまでも足して二で割る“日本的コンセンサス社会”でいいのかの思いがあるんです。やがて、通用しなくなる時代が来ると思っている。だから、田中先生は、僕にとっては“反面教師”でもあったということです」

 奇しくも田中角栄首相の十三回忌にあたったいまから12年前、筆者がインタビューした小沢一郎(現・自由党代表)の「田中観」であった。

 田中は小沢と出会って間もなく「親代わり」を公言、その後「秘蔵っ子」として可愛がり、育て上げた。しかし、一方の小沢のこの最高権力者を見る目は、あくまでクールだったのである。すなわち、高い評価の一方で、田中とは一定の距離を置き、「反面教師でもあった」と明言したように、内在的否定論者としての側面を引きずり続けた関係だったと言えたのである。小沢にとっては、平成5(1993)年12月16日、田中が死去するまでの4半世紀に及ぶ関係は、静かなる“闘争”と言ってよかったということになる。

 こうしたついぞ結ぶことのない2本の鉄道レールに似た2人の出会いは、昭和43(1968)年の秋であった。同年5月、有力代議士だった小沢の父親の佐重喜が、心不全で急逝した。この後継問題の渦中で、両者は出会っている。

 岩手県出身の小沢佐重喜は、苦学力行の人であった。新聞配達、人力車夫、上野駅での乗降客の荷物を運ぶ「赤帽」の仕事をしながら旧制中学の夜間部を出た。

 その後、鉄道省に勤める一方で、日本大学予科夜間部の法科に通った。卒業と同時に司法試験に合格、弁護士事務所を開業したが、このあたりは、叩き上げではい上がってきた田中角栄によく似ていた。

 その後、東京府会議員を務め、昭和21年4月の戦後第1回総選挙に出馬、中央政界入りを果たしている。以後、10回の当選を重ね、時の吉田茂首相の信頼厚く、運輸、逓信、建設など6回も大臣のイスにすわっている。かの吉田のメガネにかなったくらいだから、当然、仕事はソツがなかった。運輸相としての初入閣に際して、当時の朝日新聞に岩手県出身の有力経済人のこんな「佐重喜評」が載っている。

 「(佐重喜氏は)とにかく努力家だ。細かい点に気がついて、話が分かりやすい。他党工作など対外交渉が得意だが、押しが強くて度胸あり、先を見抜いて物事の大局をつかむことが上手だ。思ったことを直言するわりに、人に嫌われなかった」

 父として、息子の一郎と似て非なるところもあるのが興味深い。

 また、岸信介内閣時の昭和35年の「安保国会」では、佐重喜は衆院安保特別委員長として“抜き打ち採決”を強行し、「剛腕」ぶりを見せつけている。時に、田中角栄は衆院議員として佐重喜の1期下、自民党副幹事長として佐重喜のうしろで採決へ向けての汗をかいたものだった。その佐重喜が急死したことで、田中角栄とその子息・一郎とのいよいよの出会いが生まれることになったのである。

 一方、一郎は、慶應義塾大学経済学部を卒業すると、司法試験の勉強を本格的に始めるために、日本大学大学院の法律専攻に進んだ。「父は私に、政治の世界に入れというようなことは、一言も言わなかった。しかし、自分が弁護士でもあったことからか、『法律は学んでおけ。司法試験は受けろ』とは言っていた。まぁ、僕もよく勉強したつもりだ」(小沢談)ということが、法律への道を歩ませたようだった。だが、司法試験の短答式試験をパスしたところで、父の急死に直面することになる。

★“運命の糸”
 小沢佐重喜後援会は、にわかにあわただしくなった。佐重喜の後継問題である。時に、子息の一郎は被選挙権を得て間もない25歳。後援会内では「若すぎる」の声が少なくなく、自薦他薦の後継希望者が3人ほど手を挙げた。

 大モメの中で結論は出ず、このままでは後援会が空中分解という寸前で、ようやく長男の一郎があとを継ぐことが決まった。若いが法律も学んでおり、次の選挙が「弔い合戦」となることで、有利に働くとの意見が大勢となったことによった。

 さて、一郎の後継擁立は決まったものの、今度はどの政治家のもとにワラジを脱ぐか、すなわち、どの派閥から出馬すべきかでモメた。当時は派閥全盛の時代、その選択いかんは選挙の当落、一郎の政治家としての将来性をも左右することから、後援会の議論百出は当然だった。そうした中で、後援会幹部の中からこんな意見が飛び出した。

「一郎は、まだ若い。勢いのあるこれから期待できる政治家につけるべきだ。となれば、『日の出の幹事長』の田中角栄ではないか。派閥は、田中さんのいる佐藤派だ。これが、ベストの選択ではないか」

 田中角栄と小沢一郎、2人の“運命の糸”が、結ばれようとした瞬間だった。
(文中敬称略/この項つづく)

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小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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