先の見えない大変な日々が続いています。会社にも行かず、友だちにも会えず、うちの中にいると、つい”ひとり”になってしまった気がして、寂しい気持ちになることも。

そこで、ウートピは「1往復エッセイ」を始めます。気になるあの人へ「最近、どうですか?」とたずね、「こちらはこんな感じです」と回答する。そんなささやかな現状報告と、優しくて力強いメッセージをお届けします。

今回は、前回の聞いた人と答えた人をスイッチ。ライターの山本ぽてと(やまもと・ぽてと)さんから、トミヤマユキコ(とみやま・ゆきこ)さんにこんな質問が届きました。

【トミヤマさんへ】

トミヤマさん、お元気ですか? 私は沖縄から戻れない状況なのですが、東京はいま、どのような感じでしょうか。

なかなか外出できないので、漫画を読みたいなぁと思うのですが、開放感があって楽しい気分になる、おススメの漫画があれば教えてください。人や動物が殺されたりしないと嬉しいです。

買い物とソーシャルディスタンシング

山本さん、お便りありがとうございます。

正直に告白しますが、東京がどんな感じかと聞かれて、はっきりとしたことが言えない自分がいます。山本さんはすでにご存知ですが、わたしは文系の大学教員&書評系のライターなので、ほぼ在宅で仕事ができてしまうんですね。なので、東京の様子を肌で感じる機会というのは、週に1~2回の食料調達の時だけなんです。

で、徒歩圏内にあるスーパーや商店街に行くと、当たり前ですけどみんな食材を買っています。「東京の人、めっちゃ食べもの買ってますよ」としか言えないわたしをどうか許してください。

たったそれしきの外出ではありますが、街の変化を感じることがありました。スーパーやコンビニのレジ付近には「ここに立ってください」マークがあって、そこに立つとソーシャルディスタンシングが保てます。あとは、お店の入り口に消毒液をシュッシュする係や検温する係がいたりもします。おそらく沖縄でも同様の対策がされているとは思いますが、これらの変化が何を意味しているかというと、わたしたちがぼんやり&うっかりしていても、なんとかなるようなシステムやデザインが街場から立ち上がりはじめているということです。

わたしはもともと潔癖症気味なので、言われなくても手指の消毒をするし、他人との距離も確保するけれど、いろいろな事情があって、そうした行動を取れない人もいると思うんですね(いまだにコロナウイルスのことを知らぬまま生活している認知症の方がいると聞いてからそう考えるようになりました)。そういう人たちとも一緒に生きていけるようなデザインの発生をリアルタイムで観察できるのは、とてもおもしろいです。あと、いまは気を張っているわたしだって、この状況に慣れてくればついうっかり、なんてこともあり得るわけで、もしそうなったとしても「街がある程度なんとかしてくれる」と思えるのは、単純にありがたいです。自分ひとりで「何から何まできちんとやらなくては!」と思い続けるのはキツいですから……。

水沢悦子先生の『ヤコとポコ』

さて、おすすめのマンガがあれば教えて欲しいとのことですが、やはり気持ちがラクになるようなものがいいですよね。わたしもそんな作品が読みたい気分です。

山本さんは『ヤコとポコ』をご存知でしょうか? 『花のズボラ飯』で一躍有名になった、水沢悦子先生の作品です(あれもいい作品ですよね。ステイホーム向きの料理がいっぱい出てくるし)。

絵本や童話の世界を思わせるような、非常にメルヘンチックな街にマンガ家のヤコとかわいいネコの姿をしたアシスタントのロボット「ポコ」が暮らしているのですが、なんか、とにかくのんびりしているんですよ。

ヤコは自動車を持っているんですが、運転するときには時速15キロしか出しません。超遅いじゃないですか。でも、周りの車も大して出してないんですよ。

それでマンガ雑誌の編集部に行くと、担当さんからとりあえず「ちゃー」でも飲もう、と言われてお茶を飲みます。

「あれれ、この人たちメールでやりとりしないのかな?」と思っていると、どうやら個人のパソコンは所有していないみたいなんです。調べたいことがあるときは、会社のパソコンを借りるんですけど、検索結果が出るまで1時間くらいかかっちゃうんで、またしても「ちゃー」を飲んで待つ。あとは、なんでも教えてくれる全世代向けの電話相談室(?)みたいなのがあって、わからないことはそこに電話をかけて聞いたりもします(そっちの方がパソコンより速そう)。

こう書くと、超アナログな後進国の話みたいなんですが、ヤコたちはわたしたちがいま享受しているような便利さの一切を否定する「革命」を通過した未来人らしいんです。みんながパソコンやスマホを持っていて、情報処理がじゃんじゃんできて、という状態を敢えて否定し、スローダウンすることを選んだひとたちなんですね。

コーティングはメルヘンだけど、実はすごく政治的なテーマを内包している。それが、この作品のすごいところです。

この状況ならではの豊かさを考える日々

コロナ以前のわたしだったら「こんなの絵空事じゃん!」で終わらせていたと思うんですが、いま読むと、思うように身動きが取れずにいるコロナ禍真っ最中の心をほぐしてくれるというか、「考えようによっては、この状況ならではの豊かさもあるなこりゃ」と思える……のですが、基本的には「てきとうモード」で起動されたポコがひたすらかわいいマンガです。仕事でヘマをして叱られようとも、大好きなヤコのためにがんばるポコが、汲々としがちな心をゆるめてくれます。

どうですか……『ヤコとポコ』、読みたくなってきましたかね? ちなみに、わたしはこの作品の影響を大いに受けて、自己隔離中はポコと同じくてきとうモードで生きていくことにしました。ですから主にパジャマで原稿を書いています。いまは夜の20時半ですが、これからパジャマのままごはんを食べて、お酒を少しだけ飲んで、しばらくしたらシャワーを浴びて、新しいパジャマに着替えて寝るでしょう。

でも、GACKTがYouTubeでやっている筋トレプログラム「ガクザップ」だけは欠かさずやるようにしています。てきとうモードのポコだって、ヤコのためには全身全霊ですから、わたしも己の腹筋には全身全霊であろうと思います。次に会うときは、無駄に腹筋が割れていると思いますが、どうぞよろしくお願いしますね。

*トミヤマユキコさん、山本ぽてとさんありがとうございました! 次の1往復エッセイは、大木亜希子さんとはらだ有彩さんが登場予定です。
(企画・編集:安次富陽子)