恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。

コロナ禍によって働き方を見直し、転職を考えはじめた人もいるのでは? 第31回は、いざという時に動ける自分でいるために意識しておきたいことについてつづっていただきました。

チャンスには前髪しかない

時代の変わり目には、新たなチャンスが芽吹くといわれています。チャンスと聞くとついドラマチックな出来事をイメージしてしまうけど、たいていは後になってから「今思えば、あれがきっかけだったんだなー」と気付くような、ちょっとした出会いや選択のこと。

チャンスには前髪しかない、ともいいますね。後ろ髪はないから、向こうからきたら通り過ぎる前に素早くキャッチしろと。

物事の優先順位をはっきりさせておくこと、好きなことを大事にすること、尊敬できる仲間と繋がっておくこと、そして、やりたいことはとりあえず口にすることが、チャンスの前髪をつかむ方法かもしれません。

周囲ではリモートワークに移行しているのに、自分が勤める会社はいつまでも無駄な会議やハンコ巡礼。これでは未来はないなと見限ったものの、今は非常事態だからとりあえず収入を確保することを最優先しようと、退職を思い止まった人もいるでしょう。その判断は、多分正しい。

お金をとるか将来性をとるか、もしかしたらコロナ終息後には優先順位が変わるかもしれません。そのつもりで世の中を眺めていれば、転職のチャンスを見逃さずに済むでしょう。

チャンスを掴むトレーニングとしては、妄想もおすすめです。

働きながら辞めることをイメージしていた

会社員だった頃、育休復帰後に仕事がなくて電話取りをしていたことがあります。ある日、鳴らない電話機の前に座って、アナウンス部の風景をぼーっと眺めているときに「あ、ここから出て行かなきゃ」って思いました。それからは毎日、荷物を段ボールにまとめて軽やかに出ていく自分をイメージしながら電話を取りました。妄想だけど、結構楽しかった。それがのちに会社を辞めるきっかけになりました。辞めるなら今だな、とピンときたのです。

イメトレって大事ですね。電話取りも妄想も全くムダじゃなかったのです。

これがいったい将来なんの役に立つのか?なんて考えても仕方がない。なぜなら将来はいつも見通しが立たず、大抵の予測は外れるからです。半年前に今のような状況を誰が想像できたでしょう?(おそらく一握りの研究者とビル・ゲイツぐらいですよね)。こうしたらこうなる、なんて決められないのが人生です。

だったら今が楽しいのが一番。命と向き合うような時間を経験して、多くの人がそう気づいたのではないでしょうか。

迷ったら、好きな方を選ぶ。好きなことなら、多少の苦労があってもめげずに取り組むことができるからです。もちろん、好きなこと「だけ」では生きていけません。物事には必ずめんどくさいことや退屈なこともくっついてきます。

不安とは二人三脚。これも困ったお友達ではありますが、そのうち慣れます。

内省を深めるだけでなく、他人に目を向けるのも大事です。誰の力になりたいか、誰を応援したいか、誰が好きか、誰といると楽しいか。他人のために小さいアクションを起こせば、自分も捨てたもんじゃないな!なんて思えます。

やりたいことは仲間に話す

そして、友人。

尊敬できる知人友人がいると、自身が空虚でも案外生きていけます。優れた人は、周囲の人を知らない世界に連れて行ってくれるのです。

私にはありがたいことにそんな友人知人たちがいるので、自己嫌悪の沼に落ちた時なんかはとても助かっています。自分の脳味噌に全てが詰まっていなくてもいいんですよね。すごく賢い脳みそや素敵な脳みそにいっぱいコネクトしていれば、いろんな知恵や視点をシェアしてもらえる。助けが必要な時に、他人の知性という資源を頼ることができるのです。

これは年齢を重ねてからの方が上手にできるかもしれません。色々な人との出会いが増えますから。自己嫌悪の大半は他人との比較によるものですが、桁違いに才気あふれる人に出会うと、比べなくなるんです。太陽を見て、じぶんちの電球と比べようとは思わないでしょう。なんなら日に当たってあったまろう、って思うじゃないですか、骨も強くなるし。そんな心境です。

チャンスを前にした時にも、尊敬できる仲間に相談するのがいい。いいことは独するよりシェアした方が、より良い選択ができます。一人では実現出来ないことも、みんなでやれば形にできるしね。

だから、やりたいことは仲間に話すとか、口にすることが大事です。夢は軽々に喋ると叶わないなんていう人がいますが、黙っていても叶わないものは叶わない。だったら話して、縁を呼び込む方がいいです。

私は数年前に、ある新年会に知人に連れられて飛び込みで参加して、自己紹介タイムに、積年の思いをダーっと喋ったことがあります。「日本のメディア表現は時代に追いついていないのではないか。人権への配慮や多様性への対応ができていないのでは」ということを話したのです。

ドン引きされるかと思ったら、ほぼ全員初対面の人たちがそうだそうだと盛り上がり、なんとその半年後には東大の福武ホールでシンポジウムが開かれ、正式に研究会が発足し、昨年末には研究会の仲間たちと『足をどかしてくれませんか~メディアは女たちの声を届けているか』(亜紀書房)という本まで出すことができました。

まさかそんなことになるとは思っていなかったので、自分が常日頃考えていること、大事だと思っていることを臆せずシェアした結果、引き寄せたチャンスと言えるでしょう。

今は多くの人が、先行きが見通せずにすくんでしまっているかもしれません。そんな時は焦らず無理せず、だけどもし機会があったら安心できる場所で、自分の感じていることを話してみるといいかもしれませんね。それが何につながるかは誰にもわかりません。ただ思いをシェアして、様子をみましょう。もしかしたら、新しい仲間が見つかるかもしれない。これまでの関係が深まるかもしれない。それは「その後」の世界で、思いがけない変化を起こしてくれる小さな種かもしれないのです。

【小島慶子さんの新刊情報】

佐藤愛子さんとの往復書簡『人生論 あなたは酢ダコが好きか嫌いか ~女二人の手紙のやりとり~』(小学館)と、
『VERY』の人気連載をまとめた『「もしかしてVERY失格!?」完結編 曼荼羅家族』(光文社)が刊行されました!